マレーシア・サラワク州の事前の調査を終えて 定道 有頂
マレーシア・サラワク州の事前の調査を終えて
定道有頂(産業技術総合研究所)
私は、工業製品の環境に対する影響評価、例えば、バイオ燃料の温室効果ガスの排出量の計算を、①原料となる作物の苗の栽培、②プランテーション、③バイオ燃料の生産、④バイオ燃料の使用、のような「揺りかごから墓場まで」の範囲で行うライフサイクルアセスメント(LCA)という分野を専門にしています。これまでに、東南アジア諸国で工場やプランテーションを視察し、企業や政府が行う環境改善の手助けになるような分析を「温室効果ガス排出量」という視点から行ってきました。今回のマレーシア・サラワク州においても、主にアカシアやアブラヤシなどのプランテーションの環境への影響を評価する目的で調査に参加しました。研究に関係する内容を交えて今回の調査を少し報告したいと思います。まず、今回の調査では、サラワクの森に住む民族の村を訪問しました。陸路、川路を経て森の中深くに入っていく中でロングハウスと呼ばれる村人の家を川岸にいくつか見ることができ、調査中はいくつかのロングハウスを訪問し、宿泊しました。このロングハウスとそこに住む人々を初めて見て、その機能性と空間の効率的な使い方に感心し、また私が以前に長期間居住していた北タイと文化的になぜか共通する部分が多いのに驚きました。私がここで知る必要があるのが、アカシアやアブラヤシのプランテーションによる環境影響が結局、どのように人々に影響を与えているのかということです。例えば、日本では地球温暖化が環境問題の代表のように伝えられていますが、重要なのは温室効果ガスの排出量ではなく、地球の温暖化でもなく、それが結局どのような形で我々に降りかかってくるかということです。
ロングハウスの人々の話を聞くうちにわかってきたことは、プランテーションが人々に与える影響は複雑・多様であり、それらが相互に密接に絡み合っていることです。例えば、森林がアブラヤシ・プランテーションに変えられることにより、まず大気、水、土壌、動植物に影響を与えます。次に例えば、川の水質が変化することにより、食用の魚が減り、これまで村人が行ってきた漁業ができなくなります。またアブラヤシを食べるイノシシが増えることがありますし、逆に別の動植物が減ることもあります。そして、それが人々の生活に何らかの変化を与えます。また、プランテーションの直接的な影響として、プランテーション会社と村人の間で土地の所有権に関する問題が起きたり、より良い収入のために農業をやめてプランテーション会社で仕事をする人が増えたり、または村人自身が森林を開拓してアブラヤシを育てることもあります。アブラヤシの一部は、泥炭地という二酸化炭素を吸収できる土地に植えられることがあり、この場合、①吸収源が失われる、②吸収されてきた炭素の一部が二酸化炭素として放出される、という問題があり、これは地球温暖化の問題に直接結び付きます。これらの種類の異なる様々な影響を最終的な人への影響として数値化できれば、アブラヤシのプランテーションが総合的な視点ではどのくらい環境に悪い影響または良い影響を与えるのか、どのようにしたら改善できるのか、といったことが分かるようになると考えています。
今回の調査では、木材の伐採会社やアカシア・プランテーション会社も訪問しました。印象に残ったのが森林の在り方と広大さです。日本では森林は山に木が生えているいう印象がありますが、ここでは海抜100m以下の場所が多く、起伏のある広大な土地に木が生えています。ただ、過去30年間でこの広大な土地にある大きな木は殆んど伐採されてしまったようです。木材伐採会社は現在、回復が可能な範囲と政府が定める規定に従って、伐採を行っており、伐採する木としない木の場所、大きさなどが細かくデータ化されており、過去の伐採で出来た道を利用してスキッダーと呼ばれる機械を運転して運び出します。これらの木材は加工されて、日本など海外に輸出されます。ここでは、この伐採から加工、輸出、日本での木材製品の利用という流れの中でどのように環境に影響が出ているのか、まずは温室効果ガスから始めたいと考えています。環境への影響はもちろん地球温暖化だけではありませんので、伐採によって森林が持つ機能、例えば、保水、生物の多様性、にどのような影響を与えるのか、数値として「見える」形にしていくことが課題です。
今回の調査は2週間にも及ぶものでしたので、とても短くまとめられるものではありませんが、最後にもう1つだけ記しておきたいことは、今回の調査に参加した調査メンバーについてです。メンバーは、研究者で有る無し・文系理系を問わず、人を見る人、水を見る人、土を見る人、動物を見る人、、、と多種・多様です。私は数値という目に見えないものを相手にしているので、実際に形あるものや人を見る人が、どのように情報やデータを追い求めるのかを見て、大変感銘を受けました。また、調査メンバーと話を重ねるうちに、今回の調査で見てきたような各種の問題を解決するには、「私の分野では~である」と結論付けるのではなく、時には相反する視点で同時に1つの物事を見て、何か結論を下す必要があり、そのためにはどうしたら良いか、ということに着目しなければならないと思いました。この多種多様なメンバーから成る研究プロジェクトに参加できた機会を利用して、これから何かヒントになるようなものが出てくれば、と考えています。