マレーシア・サラワク州の事前の調査を終えて 藤田 素子

マレーシア・サラワク州の事前の調査を終えて

藤田素子(京都大学東南アジア研究所)

 今回の調査で、アナツバメ¹(以下ツバメ)に関する面白い情報は主にふたつあった。ひとつはツバメの生態に関すること、もうひとつはアナツバメをめぐる人々の動向で、現地を歩きながら見聞きしたことである。

 食用となる主なアナツバメには2種類いて、最も価値が高いEdible-nest Swiftlet(学名:Aerodramus fuciphagus、以下A.fuciphagus)と、Black-nest Swiftlet(学名:Aerodramus maximus、以下A.maximus)がある。概して、A.fuciphagusは海岸沿いを離れることはまれで、ツバメハウス²に入るのもこの種であるそうだ。一方A.maximusは山沿いの洞窟などに多く、ツバメハウスにはほとんど入らない。実際、A.maximusの多いBau近辺に作られたツバメハウスにはツバメが営巣せず、建設費を無駄にしてしまったという。
ツバメハウス / Bird farm house
 また、A.fuciphagusに関してもさらに複数の“亜種”が存在し、それぞれにハウスに営巣するもの、洞窟に営巣するもの、Java島から持ち込まれたものなどがあるという。サラワクで近年増えているのはJavaから持ち込まれた亜種で、元々インドネシア側(カリマンタン)で作られたハウスに入った個体群の一部が、大規模な火災によってマレーシア側(サラワク)に移動してきたのだという噂話もある。確かに、ボルネオ島のインドネシア側は森林火災が多いことで知られるが、その話の信憑性は確認する必要があるだろう。

 サラワクで激増するツバメハウスに営巣しているのがその亜種だとして、彼らが勢力をふるうようになった要因は何なのだろうか?人の手で持ち込まれたのだとしても、環境への適応力が低ければこれほど増えなかっただろう。そもそも、かなりの割合で都市部に作られているツバメハウスのツバメたちは、どこで何を食べているのだろうか?都市で餌を探しているのか、それとも近く/遠くの餌場まで通勤しなければならないのか?豊富に餌があると思われる場所のツバメたちと、餌のメニューは違うのだろうか?どういう土地利用が彼らの餌場となっているのだろうか?そしてなぜ、A.maximusはハウスに入らないのだろうか?
Bukit Sarangで洞窟内のアナツバメの営巣地を調査 / Go into the cave at Bukit Sarang, nesting site of the swiftlets (Photo by Shinji Otake) アナツバメの巣(中央)と壁面に多数残る巣跡/ A swiftlet's nest (center) and the traces of old nests on the wall of the cave
 もうひとつ気になるのは、インドネシアとの比較である。私が調査で訪れる機会のあったスマトラ島では、サラワクの常識とややずれているように見えることがあった。例えば、南スマトラ州Batu Rajaという町は、バリサン山脈の麓に位置し、決して海から近いとはいえない(とはいえ山脈を越えれば直線距離で100km、泥炭湿地までも100km程度ではあるが)にも関わらず、ツバメハウスがある。ただし、入っているツバメがどの種であるかまでは確認できていない。また、インターネットで飛び交っている情報なので正確なところは分からないが、A.maximusもツバメハウスに入るという人もいる。この違いが本当にあるのだとすると、その理由を探ることはとても興味深いことだろう。
P8240713.JPG Photo by Joanes Unggang
 アナツバメの面白いところは、こういった生態学的な興味が人々の動きに直結することだ。これまで数百年の間、この地に生息するツバメの巣は洞窟を主な採集場所とし、現地の限られた人々のみが巣の採集権を持っていた。その権利は地域固有の方法で代々受け継がれ、いってみれば不動産のような位置づけだったのだと思う。その権利を巡るひとびとの動きもとても興味深い。しかし、ここ数年のツバメハウスの出現によってサラワク中の多くの人が、一攫千金を狙って競って家を建て(もしくは改造し)始めたことも、ツバメのなせる技である。サラワクでは、ホテルがツバメハウスに改造されてしまった例もある。人を泊めるよりもツバメを泊めるほうが儲かるようである。なにせ、成功すれば1カ月に200万円近くもの収益があがることもある。州政府も、ツバメハウスは重要な産業とみなし、推進している。一体これは、人がツバメを利用しているのか、それともツバメが人を利用しているのか?

 ツバメの巣の主な消費が、中国人(または華僑)によることも、これから伸びる産業として注目を浴びる理由のひとつだろう。どのような産業もそうだろうが、プラスの面があればマイナスの面がある。生態学的にはツバメは飛翔性昆虫を食べるので、虫の大発生を防ぐ役割を持つ一方で、他種・他亜種との競合が起こるなどの問題もある。また、密閉空間に営巣させるために、糞などに含まれる病原菌による人間への影響なども注意する必要があるだろう。とはいえ、まだまだ続きそうなツバメと人との関係を、これからも興味深く観察していきたい。

¹アナツバメ:日本で目にするツバメHirundo rusticaはスズメ目ツバメ科だが、アナツバメの仲間はアマツバメ目アナツバメ科に属し、二つの科は分類学的には非常に離れている。本稿では便宜的にアナツバメ科の鳥のことをツバメと称しているが、ツバメ科の鳥は一切含まない。
²ツバメハウス: アナツバメ類を呼び込み、食用の巣を作らせて採集するため作られた家。1階建て~3階建て程度までの一軒家のこともあれば、商業用の長屋を改造したもの、ホテルを改造したものなど様々。

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