Anap-Muput森林管理区の概要 鮫島 弘光

Anap-Muput森林管理区の概要

鮫島 弘光(京都大学 東南アジア研究所)
 東マレーシア(サバ州、サラワク州)における土地は、大きく分けて以下のように分かれている¹
1) 国有地
1-1) 国立公園などの自然保護区
1-2) 企業が管理するコンセッション(利用権のリース)
1-2-1) 天然林施業 (択伐・天然更新)
1-2-2) アカシア等の早成樹種のプランテーション(皆伐・植栽を繰り返す)
1-2-3) オイルパームプランテーション
2) 私有地(先住民慣習地)主に陸稲移動耕作

 人口密度の低い東マレーシアでは、現在でも企業のコンセッション(1-2)が面積の大部分を占め、そこでの経済活動が州経済の重要な柱であり続けている。このため本プロジェクトではこれらのコンセッションの管理運営や、環境や地域社会との関係についても重点的に明らかにして行くことが予定されている。
 サラワクの企業コンセッションの中ではかつては天然林択伐施業(1-2-1)がほとんどの面積を占めていたが、強度の伐採が短い間隔で繰り返された結果、択伐施業が経済的にみあうだけの立木密度があるコンセッションが少なくなってしまった。このため近年ではオイルパームプランテーション(1-2-3)や人工林施業(1-2-2)が急速に増えつつある。基盤Sの調査地であるBintulu Divisionにおいても、本特集で取り上げるAnap-Muput森林管理区以外のほとんどの場所に対し、オイル―パームまたはアカシアプランテーションとしてのライセンスが発行されており、現時点で在来植生が残っていても皆伐される予定にある(図1)。

Bintulu Divisionのコンセッションの分布 / Concessions distribution in Bintulu Division
 一方、天然林択伐施業の社会的評価は近年大きく変化した。80-90年代に熱帯林保護の機運が高まったときには天然林択伐施業は非難の主要な対象であり、択伐と皆伐が一緒にされ、熱帯林をひとたび伐採すれば、不可逆的な生態系の崩壊を導くとさえ主張されていた。しかし現在では、持続的に管理しさえすれば、アカシアやオイルパームのプランテーションに比べ、環境や地域社会に対する悪影響が少ないと見直されてきている。このため気候変動枠組み条約、生物多様性条約でも持続的な天然林管理の重要性が強く主張され、森林認証やREDD+プロジェクトなどの経済的インセンティブも開発されつつある。

 Anap-Muput森林管理区はサラワク6大伐採企業グループの一つShin Yangグループに属するZedtee社の天然林択伐施業コンセッションで、日本ではラワンなどと呼ばれているフタバガキ科等の木材を生産する。生産した木材のほとんどはTatauにある合板工場に出荷し、そこで合板に加工し、海外に輸出されている。80-90年代にサラワクの熱帯林伐採が環境破壊として世界的な非難を浴び、ITTOの視察団が調査を行ったのち、持続的森林管理のモデル管理区としてAnap-Muputが選ばれ、持続的森林管理手法の開発・実施が進められてきた。
 全森林管理区は25の林班”Coupe”に分けられ、毎年1Coupeずつ25年サイクルで伐採されることになっている²
 また伐採の際は伐採対象木の全木マッピングとそれに基づいたトラクター道路の設計を伐採前に行うこと柱とする、低インパクト伐採(RIL)が実施されている。この結果Anap-Muput森林管理区は2004年にマレーシア版森林認証(Malaysian Timber Certification Council)を獲得し、現在でもサラワク州唯一の認証林となっている。またZedtee社はTatauの合板工場もCoC認証(加工・流通部門の森林認証)を受け、森林認証材を一貫生産することができる体制になっている。ただし現時点では輸出先(90%は日本)の森林認証合板の需要が乏しいこともあり、通常の合板材として販売している。

 天然林施業によって持続的に森林が管理されるためには、その森林の生態的・社会的な保護価値(High Conservation Value: HCV³ )が認識され、それを維持するための配慮が実施され、配慮の効果は計測・報告・検証可能(measurable, reportable and verifiable:MRV)な方法で測定されなければならないことが認識されている。これらは森林認証の際にも重要な要件となっている。そのためこのような目的にあった研究ならば、コンセッション所有企業の協力が得られやすい。

Anap-Muput森林管理区の森を歩く

 本プロジェクトのメンバーでは、Jason氏が2010年8月からAnap-Muput森林管理区の中の「塩場」に自動撮影カメラを設置し、生息する哺乳類に対する塩場の重要性とその空間的広がりを明らかにしようとしてきた。この「塩場」とは地面からカリウムやナトリウムなどの塩類を含んだ水がしみ出してくる場所のことで、栄養塩に乏しい熱帯林で哺乳類にとって重要な資源と考えられている。また本特集では取り上げないが、鮫島はコンセッションの全域に自動撮影カメラを置き、各種哺乳類の空間的分布を明らかにし、管理の効果を明らかにしようとしている。一方小泉氏は樹木を対象にして、簡便に広域の多様性評価を行う手法を開発しようとしている。
Samejima_NL_map2.jpg
 今後は、本プロジェクト他メンバーによってコンセッション周辺の集落や、集落の人々と林産物を取引するトレーダーたちの調査、またアカシアプランテーションやオイルパームプランテーションとの比較研究が進めば、この地域の中での天然林伐採コンセッションの社会的位置が明確になってくるものと思われる。
カメラトラップを設置する
 なお企業が管理しているコンセッションで調査することは、国立公園や集落での調査とは様々な面で異なる。多くの企業はその運営のため様々なルールを設けており、したい調査をするためにはその規定とすり合わせなくてはならない。一方では研究がその企業の管理に役立つものと見なされれば、過去の記録や、企業自身が行っている調査データの提供を受け、より真に迫った調査ができる。また調査の過程で、企業がどのようなこと(社会的評判、政府との関係)に気を遣い、意思決定しているのかを垣間見ることができる。


¹以下のように分かれている: 正確にはこの他の土地もあるが、面積が小さいので省略する。
²25年サイクルで伐採される: 2009年から一部のコンセッションはアカシアとオイルパームのプランテーションになることになった。今後のローテンションがどうなるかは不明である。
³HCV: かつてはHigh Conservation Value Forest:HCVFと呼ばれることが多かったが近年森林以外の場所も含んでHCVが使われることが多くなった。

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