Kemena・Tatau水系の一斉開花・一斉結実 鮫島 弘光

Kemena・Tatau水系の一斉開花・一斉結実

鮫島弘光(京都大学東南アジア研究所)

 ボルネオ低地・丘陵林ではフタバガキ科(Shorea属、Dipterocarpus属、Dryobalanops属)を主体とするフタバガキ混交林(Mixed Dipterocarp Forest: MDF)が優占する。これらの森林では毎年開花・結実の季節が来るわけではなく、1-5年に一度、数カ月の間、森林内の様々な分類群の樹木が同調して開花・結実し、「一斉開花」・「一斉結実」と呼ばれる。一斉開花期にはオオミツバチが、一斉結実期にはヒゲイノシシが多数現れ、その豊富な資源を消費し、去っていく。人々はこの間、オオミツバチの蜂蜜を採集し、多数のヒゲイノシシを捕獲し、また食用油を取るためのIllipe nut / Engkabangの実(Shorea stenopteraなど)を集めることができる。現在では蜂蜜やIllipe nutの採集を行うことは少なくなったが、ヒゲイノシシはなお重要なタンパク源であり、最近いつヒゲイノシシが多く捕れたかは村にすむ住民たちの間で良く認識されている。
カメラトラップに写ったヒゲイノシシ

 一斉開花・結実は長期(一か月程度?)の乾燥がシグナルとなり、地域の樹木群集が同調して開花結実することによって起こるといわれており、同調する空間スケールは狭いときは一つの谷のみ、広いときはマレー半島からボルネオ全域に及ぶと言われる。しかし実際にその空間的広がりの詳細を明らかにした研究は少ない。またオオミツバチやヒゲイノシシがどれほどの空間スケールの中で遊動しているのか、どのように植生タイプを利用し分けているのかも明らかになっていない。さらに近年ではオイルパームプランテーション、アカシアプランテーションが拡大しつつあるが、その結果ヒゲイノシシやオオミツバチにとっての資源の時空間構造が大きく変化し、その個体群動態に影響を与えていると考えられている。しかしその影響を定量的に明らかにした研究も少ない。
 今回の共同調査の際には、最近いつヒゲイノシシが多かったかを、訪問した村で重点的に聞き取った。2009年には西カリマンタンからサラワク全域、サバ西海岸にかけて2回大規模な一斉開花・結実があったこともあり、この狭い流域内¹では全てその時期にヒゲイノシシが多かったと回答されるものと予想していたが、実際は地域ごとに食い違っていた(図1)。この不均一性は以下の2つの理由に起因すると考えられる。1)地域間の乾燥の入りかたに応じた?一斉結実の時期のずれ。2)アカシアやオイルパームプランテーション、湿地林などとの位置関係=ランドスケープ構造。その詳細について今後の調査で明らかにしていきたい。
 またEngkabangの実はBorneoのNTFPとして知られ、現在でも輸出されているが、筆者がこれまで調査を行ってきたBaram川流域では昔植えられたEngkabangの木を見ることはあるものの、採集や販売は既に行われなくなっていた。しかし今回訪問したAnap川の村では買い付け価格が安いと嘆きつつもとにかく採集が行われ、Sanganの商人(華人)が買い付けを行っているという情報を得た。またオオミツバチの蜂蜜採集は今回インタビューを行った全ての村で現在では行われていなくなっていたが、Tatau川中流域で現在も採集、販売を行っている人物(Iban)の情報も得た。これらの人物は地域の一斉開花・結実の履歴や地域的なパターンについて有用な情報を持っていると考えられる。次回以降の調査でコンタクトを取りたいと考えている。

¹この狭い流域内:Sebauh subdistrict, Tatau District合わせて(≒Kemena, Tatau川流域)約10,000Km²しかない。

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