サラワク調査とアブラヤシ研究

サラワク調査とアブラヤシ研究

生方 史数(岡山大学大学院 環境生命科学研究科)

1. 地域の素人と地域研究
 地域のエキスパートである地域研究者にとって、新たなフィールドに足を踏み入れるのは、多少なりとも勇気がいる。これまで主に東南アジア大陸部をフィールドとしてきた私は、マレーシアの地理歴史に詳しいわけでもなければ、マレー語やイバン語ができるわけでもない。いわば、私はずぶの素人としてこのプロジェクトに参加している。地域の素人が地域研究に従事するという言葉には、いささか矛盾した響きがあるが、素人の発想にも、もしかしたら得るところがあるかもしれない。私が大陸部で得た知見を活かしながら、できる限りポジティブな貢献をすることができたらと思っている。
 私がこのプロジェクトで行っている研究は、プランテーション産業、なかでもアブラヤシ産業の政治経済学である。19世紀以来、東南アジア地域では、様々な熱帯性の作物が大規模なプランテーションによって栽培されてきた。プランテーション開発に対しては、途上国貧困層の人権や生計を擁護する立場から、あるいは森林保護を志向する環境保全の立場から、様々な批判がなされてきている。しかし、一部を除き、現実にはそれらの批判がプランテーション開発を抑制することはできておらず、プランテーションは、現在も熱帯の途上国にごく一般的にみられる景観の一部を構成している。
 そのような熱帯辺境地域の現実をふまえて、研究では、あえてプランテーション開発側の視点を含めたうえで、この産業が辿ってきた発展経路を振り返りつつ、地域社会や環境との共存への道とその問題点を考察している。幸運なことに、本プロジェクトでは、サラワク州でアブラヤシ・プランテーションを経営しているK社からの全面的な協力を得ることができた。本稿では、私自身のサラワクへの印象を交えながら、現時点での調査の進捗状況を紹介することにしたい。

2. 農業社会と「バイオマス社会」
 東南アジアと一言でいっても、島嶼部と大陸部はまるで異なる世界だということは、訪れる誰もが感じることではないだろうか。私がサラワクに来てまず感じたのは、ここは「農業社会(もしくは農業を基礎として発展した社会)」ではないということであった。
 資源の豊富さ、すなわち自然の雄大さと多様さが、大陸部とは圧倒的に異なる。東南アジアは、歴史的に「小人口世界」であったといわれているが、そのような地域の性格が現在に至るまでもっとも特徴的にあらわれている地域だともいえるかもしれない。大陸部の一部の地域では、近代以降に土地が開発される過程で、プランテーションに加えて商業的な(あるいは半商業的な)農民が台頭した。そして、世界大恐慌の影響などによってやがて後者が前者を圧倒してゆき、独特の農業社会をつくっていったのである。特にタイなどでは、このような社会の特質は、国家の制度、例えば土地制度や租税制度にもある程度反映されたといわれている(北原 2002a, 2002b)。しかし、サラワクでは、19世紀の昔から現在に至るまで、豊富に存在する天然資源からの収益(レント)を確保することが、社会や国家の維持発展にとってより重要であったようだ。その意味において、まさに「バイオマス社会」という言葉がぴったりとあてはまる。  実は、このような資源の豊富な社会における経済発展の道筋に関しては、資源が希少で人口の多い社会のそれに比べて相対的に研究が少ない。一般的には、利用すべき資源が豊富に存在するということは、産油国の例を引くまでもなく、経済発展に際して有利な初期条件をもっていると理解されるかもしれない。カナダやオーストラリアなどの発展経路は、そのような国の典型的な成功例である。しかし、他国を広く見渡してみると、資源に恵まれた国が、必ずしも高い成長率を達成できているわけではない。「資源の呪い」という言葉は、天然資源に恵まれた国の経済成長率が、そうでない国に比べて低いという統計的事実から生まれた言葉である。つまり、資源と経済発展というマクロな文脈から考えると、「資源の恵み」と「資源の呪い」の間には何が存在するのか、ということが問題になる。
 そして、もちろんこのことは、環境問題とも密接に関係している。なぜなら、資源は自然資本の一部を構成しており、浪費されればその損失は将来世代の経済社会の発展可能性を狭めるだけでなく、地球全体の気候変動や生態系サービスにも影響を及ぼすと考えられるからである。限りある資源を有効に、かつ持続的・環境保全的に利用しながら、国家や社会の発展に貢献できるような経路を模索する必要があることはいうまでもない。

写真1 アブラヤシの搾油工場 / An oil mill factory and pile of oil palm fruit.
3. プランテーションの政治経済学
 さて、サラワクで資源といえば、石油と森林である。これまでマレーシアが辿ってきた経済発展は、世界全体でみればもちろん成功例の部類に属するといえる。しかし、前述したような視点から考えた時、資源を経済発展にうまく使うことができたといえるかというと、必ずしもそうとはいいきれない面が多い。そしてその主要な原因は、資源をどのように分配し、そこからの収益をどのように還元するかということに関する政治的な構造にあると考えられてきた(アッシャー 2006)。マレーシア連邦としての独立後、連邦政府との取り決めのもとで木材の利権を確保したサラワク州政府は、伐採権を有力者に配分することで彼らからの政治的な支持を取り付け、政権の安定を確保したといわれている。そもそも、19世紀のブルック一族による統治期以来、サラワクにおいて土地は国有であり、政府はコンセッションを業者に付与する大きな権限を持っていた。こうして、当初は木材伐採のため、近年ではアブラヤシ・プランテーション造成のために広大な土地がコンセッションとして貸し出されたのである。
 ここで、もう少しミクロな視点から産業をみてみたい。なぜなら、上述したようなレントの分配によって、コンセッションという領域の利用を巡って社会対立がもたらされるようになったからである。これは何もサラワクに限ったことではないが、サラワクのような資源の豊富な国・地域ほど、このような社会対立が大きな問題になってきたのは確かであろう。
 これに対して、東南アジアの大陸部では、このような問題は局地的あるいは一時的に顕在化することはあるものの、全体としてはそれほど深刻な問題には至っていない。資源が島嶼部ほど国家にとって重要な産業基盤とならなかったことは、その理由の一つではあろう。しかし、それに加えて、小農による代替的な生産・流通システムが成立していることが、もう一つの理由として考えられる。先に述べたように、大陸部では、19世紀に成立したプランテーション農業の多くは、その後小農にとってかわられることになっていった。速水は、このような事実をふまえて、プランテーション作物普及の初期には、インフラ整備などの費用が捻出でき、制度金融へのアクセスが容易なプランテーションのほうが有利であるが、次第に小農に有利な条件が整っていくと論じた(Hayami 1994)。
 もちろんこのような傾向は、地域や作物によっても異なるかもしれない。アブラヤシは、収穫後すぐに搾油しないと油が酸化してしまう特性を持つため、自社プランテーションによる栽培が有利であるといわれている。現場に行っても、圧倒的な規模を誇るプランテーションに目を奪われてしまいがちだ。しかし、タイにおいては、アブラヤシ栽培の主な担い手は小農である。インドネシアやマレーシア半島部においても、小農による生産は増加を続けている。そして、これまで小農による生産が少なかったサラワクにおいても、アブラヤシがプランテーション周辺の住民に受け入れられ始めている(図1)

図1 マレーシア全土とサラワク州のアブラヤシ栽培面積における小農栽培の割合 / The proportion of small farmers' oil palm farm lands in Sarawak and throughout Malaysia.

図1 マレーシア全土とサラワク州のアブラヤシ栽培面積における小農栽培の割合 / The proportion of small farmers’ oil palm farm lands in Sarawak and throughout Malaysia.


 一方で、プランテーション企業を中心とするアブラヤシ産業自体も、社会対立や環境に対する批判をある程度受け止め、対策を講じてきている。後述するRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)の設立などは、その典型的な例である。RSPOは、2004年に設立された非営利組織であり、認証制度を通じて環境や人権に配慮した持続可能なパーム油生産と利用を推進している。RSPO認証を取得する過程において、周辺の地域社会や労働者とどう共存していくかが、大きな課題として企業にも認識されるようになってきているのである。
 プランテーションの景観が卓越する島嶼部において、このような変化はサラワクの社会や景観、そして産業の生産様式を、今後どのように変えて行くのだろうか。そのようなことを考えながら、私たちは、K社のプランテーションと周辺のアブラヤシ小農への調査を開始した。

4. プランテーションと小農
 K社のプランテーションは、サラワク州のビントゥル省にある。1997年に植栽を開始し、現在5,347ヘクタールのアブラヤシが植えられており、年11万6千トンほどのFFB(生鮮果房)を生産している。省内にある37のアブラヤシ・プランテーションの中では規模は小さいが、1ヘクタール当たりの生産量が約26-27トンと生産性は高く、OER(搾油率)なども含めてさらなる向上を目指している。
 域内には搾油工場が1つあり、年4万7千トンのパーム油(CPO)と、6,600トンのパーム核油(PK)を生産している。原料は、55パーセントが自社プランテーションから、5パーセントが小農から、そして残り40パーセントが他社のプランテーションから調達されている。小農由来の原料は今のところ多くないが、今後増加していくことが予想される。K社で特筆すべきは、外資系の企業以外ではサラワクで初めて、RSPO認証を取得したことである。認証の取得に際して、生産過程や品質の管理、労働者の労働条件や福祉、環境対策や周辺社会への貢献などの諸項目において第三者機関による審査が行われており、社内に資料が残っている。スタッフによれば、認証において大きな課題となっているのは、社会対策の部分であるという。RSPO認証の申請に当たり、周辺社会との共存を企業が真剣に考えるようになったことが窺える。   今回の調査では、RSPO申請書類を含め、事業の実施状況に関する社内の膨大な資料にアクセスすることができた。まだ本格的な分析は行えていないが、これらの資料から、これまでブラックボックスであった企業側の戦略や対策を明らかにすることができると考えている。
写真2 アブラヤシ・プランテーション/ An oil palm plantation.
 もう一方の小農に関しては、K社に近い地域に住み、比較的早くからアブラヤシ栽培に取り組んできたLさんにインタビューを行った。イバン人のLさんは、2004年より焼畑跡地でアブラヤシの栽培を開始した。2人のインドネシア人を住み込みで雇い、現在2,800本のアブラヤシを栽培している。かつてプランテーションで運転手をしていたことがあり、そこで栽培方法などを教わったという。彼はアブラヤシを植える以前から、コショウなどの商品作物の栽培に取り組んできた、いわば商品作物栽培のパイオニア的存在である。生産物であるFFBは、自分で工場に持って行って売っている。知人のFFBを持っていく仲買人的な仕事も請け負うことがあるが、仲買ビジネスを専門に行う意思は、いまのところないようであった。
 プランテーションと小農によるアブラヤシ栽培にかかる費用と得られる収益を概算した結果、3つのことがわかってきた。まず第一点は、両者の栽培方法に、少なからず費用構造の違いがみられることである。小農による栽培では、傾斜地のテラシングなどの土地への投資が行われないことが多く、肥料や農薬散布、労働費用などの点でもプランテーションに比べて費用をかけない傾向にあることがわかった。第二点は、プランテーションの経営においては、緩やかな規模の経済性が存在するということである。プランテーションは、10地区の管理ユニットに分かれている。その地区ごとの費用・収益を分析した結果、地区の面積や生産量あたりの費用は緩やかに逓減する傾向が認められた。各地区には地形や土壌の面で差異が存在するので、厳密にはもう少し検証が必要であるが、これはプランテーション経営において若干の規模の経済性が存在することを示唆している。
 そして第三点は、このような規模の経済が存在するにもかかわらず、必ずしもプランテーションのほうが経営面で有利だとはいえないということである。プランテーションでは土地生産性が小農に比べて5割ほど高いものの、費用は2倍以上かかっており、その結果費用効率の面では小農に軍配が上がったのである。もちろんプランテーションのデータはK社1社にすぎないし、小農のデータは、Lさんという1世帯の例にすぎない。しかし、少なくとも小農経営が決して侮れない存在であるということはいえそうである。
写真3 小農のアブラヤシ栽培 / Small farmer's oil palm farm land.
5. 「二重社会」の接点はあるか?
 以上の結果から、今後サラワクにおいても小農による栽培がさらに増加していくことが予想できる。そうなると、アブラヤシ・プランテーションと地域社会との関係は、新たな段階へと移行していくかもしれない。コミュニティ内、あるいはコミュニティ間で、プランテーション企業に対する態度に差異が生まれるかもしれないし、栽培の開始が元々あった経済格差を拡大する方向に作用するかもしれない。また、焼畑休閑地のような土地がアブラヤシに転換していくことで、地域の環境に何らかの影響があるかもしれない。
 これまで地域社会の中の「飛び地」のような存在であったプランテーションが、今後どのような接点を社会ともち、どのような地域ガバナンスのかたちが生まれてくるのだろうか。そして、前述のような「バイオマス社会」が、どのように変容していく(いかない)のだろうか。さらには、このような資源利用型の発展が、国の社会経済の発展にどのように結びつく(結びつかない)のであろうか。以上様々な点にいて、興味は尽きない。今後の研究で、これらの問いに少しでも接近することができたらと思う。


引用文献
アッシャー、ウイリアム 2006. 『発展途上国の資源政治学』佐藤仁訳 東京大学出版会
北原淳2002a.「タイ近代における小農創出的土地政策への道(上)」『経済科学』50(2):21-40.
北原淳2002b.「タイ近代における小農創出的土地政策への道(下)」『経済科学』50(3):21-40.
Hayami, Y. 1994. “Peasant and Plantation in Asia,” In Meier, G. M. (ed.),
From Classical Economics to Development Economics, St. Martin’s Press, New York, pp. 121-134.

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