日本文化人類学会第46回研究大会 (於)広島大学

2012年6月23日

分科会「熱帯林と社会―サラワク民族誌研究の可能性 」 と題してワークショップを開催いたしました。
 

日本文化人類学会第46回研究大会

2012 年 6 月 23 日(土)-24(日)広島大学東広島キャンパス
分科会「熱帯林と社会―サラワク民族誌研究の可能性 」
日時:6月23日(土)9:30-12:25
会場:G会場(K110)
代表者:長谷川悟郎(桜美林大学)

 ボルネオ島の熱帯林は、多種の動物が棲息し、多様な植物相が見られる自然環境である一方で、そこに暮す人びとによって利用され、改変され、想像されてきた社会的・文化的空間でもある。
 そうした理解を踏まえて、日本文化人類学会の第46回研究大会(於:広島大学)において組織された分科会「熱帯林と社会―サラワク民族誌研究の可能性」(代表 長谷川悟郎)では、マレーシア・サラワク州(ボルネオ島)において、これまでの人類学の調査研究を継承しながら、今後のサラワク民族誌研究の可能性を視野に入れて、5人による口頭発表が行われた。
 発表者とタイトルは以下のとおりである。

発表1  加藤裕美(総合地球環境学研究所)
      「シハンにみる人と自然の関係のダイナミズム―マイノリティの視点からの一考察」
発表2  佐久間香子(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科)
       「資源利用からみる森と人の関係誌―ブラワンによるツバメの巣の利用を事例に」
発表3  市川哲(立教大学 観光学部)
      「森林産物と民族関係―先住民との関係を通したサラワク華人にとっての 熱帯雨林」
発表4  長谷川悟郎(桜美林大学 基盤教育院)
      「森林開拓をめぐる護符信仰の重要性―イバン・エクスパンション再考」
発表5  奥野克巳(桜美林大学 リベラルアーツ学群)
      「森との交感の民族誌   ―プナンにおける人と自然」

コメンテータ:石川登(京都大学 東南アジア研究所)


 加藤裕美は、1960年代にブラガの市場に近くに居住するようになった狩猟民シハン人が生存狩猟から商業狩猟へと狩猟のあり方を大きく変容させてきた一方で、動物をめぐる食物規制を今日まで維持し、動物との間で内面的な関係を築き上げていることを、豊富なデータに基づいて明らかにした。
 佐久間香子は、通常、焼畑民に分類されるブラワン人が、これまで、焼畑にのみ依存してきたのではなく、狩猟を行い、また、機を見て、ツバメの巣などの森林産物の採集によって生計を組み立ててきたことを明らかにするとともに、狩猟と農耕の間の揺れ動きのなかに、人と熱帯林の関係の具体相が描きだされなければならないと唱えた。
 市川哲は、イバン、プナン、華人が混住するジェラロン川流域の村落調査をつうじて、華人が熱帯林にどのように向き合ってきたのかという点を取り上げて、サラワクの華人たちが、華人のネットワークに依りながら商業活動を行うために奥地へ進出したという既存の研究のヴィジョンを覆すための試論を展開した。
 長谷川悟郎は、これまで生存戦略の面からのみ語られてきた、イバンの森林開拓による移動に対して、現地調査をつうじて、それを推進する動因となった護符の存在を探り当てて、伝統的な信仰の面からも、イバンの森林開拓移動を捉えることの重要性を指摘した。
 奥野克巳は、情緒の面から、元狩猟民のプナンと熱帯林の関係に接近し、プナンの森との情緒的な関係には、人と森という区分けがあるのではなくて、それは、人と森の交感関係の一つの表れであることを示唆した。
 5人の発表に続いて、コメンテータ・石川登(京都大学東南アジア研究所)は、人類学における生態環境研究を、スチュアードの文化生態学から、ヴァイダやラパポートらによる生態人類学、さらには、その後のポリティカル・エコロジーの流れのなかに整理した上で、わが国では、1980年代に、掛谷誠の「妬みの生態人類学」というユニークな試みがあった点にも言及した。サラワクに関しては、2000年度から2003年度にかけて、日本人の研究者たちによって行われた「サラワク先住諸民族社会における自然環境認識の比較研究」(代表:内堀基光)が、ユクスキュルの環世界論をベースとしながら、先住民の自然認識を主題化した点に触れて、「認識」が本格的に取り上げられるようになったことを歓迎しながらも、1970年代に、すでに人文地理学者イーフー・トゥアンによって提起された「場所への愛(トポフィリア)」という、人と自然の間に横たわる重要な課題などに関してはいまだ十分に踏み込めていないのではないかと指摘した。サラワクの熱帯林において私たちが取り組むべき課題は、一方で、「自然生態環境への人の働きかけ」、他方で、いわゆる「頭のなかの認識」の両面であり、この分科会の試みは、個々の発表のなかでも折に触れられた、1996年に出版された東京大学出版会の<熱帯林の世界>シリーズの試みを継ぐものとして、今後の研究の進展が大いに期待されるとした。
 その後、フロアーの参加者から質疑や感想が述べられた。サラワクの社会開発にあたって、先住民のなかにサイコ・ソマティック問題は生じなかったのだろうかという問いを含めて、生態環境の激変が及ぼす人への影響に関する質問がなされた。また、異なる民族が集う地域を対象として行う「地域人類学」的な研究の可能性に関して、示唆に富んだ意見表明がなされ、さらには、人類史を視野に入れた歴史生態学的な研究への期待も寄せられた。
 東京大学出版会の<熱帯林の世界>シリーズに関しては、それは、自然ばかりを見て、そこに住む人びとを見ない自然科学に対する編著者の抵抗だったのではないかという面と、その一方で、自然を扱わない文化人類学に対する不満という面の二つの側面があったのではないかという意見が述べられた、また、ボルネオという一地域の民族誌は、人類学者の関心をそれほどそそるものではないし、この分科会には、サラワク民族誌研究の可能性というサブタイトルが付いていたので聴いたのだが、ワクワクするような挑戦的な問題提起はなされなかったというコメントも寄せられた。
 最後に述べておきたいのは、本分科会のメンバーが、準備のための研究会をつうじて、伊谷純一郎・大塚柳太郎によって編集・出版された、東京大学出版会の<熱帯林の世界>シリーズ全7巻へと引き寄せられていったことである。そのシリーズでは、地球上の熱帯林において、それぞれの学問分野で調査研究に携わっている研究者たちが、自身のフィールドでの経験をとおして、熱帯林とそこに暮す人びとの日常を描きだしている。分科会のメンバーは、そのシリーズの著作が、今後のサラワク民族誌研究に一つの大きな手がかりを与えてくれるものになるのではないかという手ごたえを感じるようになった。民族誌のなかに、熱帯林とともに暮らす人びとをどのように描きだすのか。我々は、分科会のメンバーが参加している、現在進行中の科研費研究「東南アジア熱帯域におけるプランテーション型バイオマス社会の総合的研究」(代表:石川登)に集う自然科学、地理学、経済学などの研究者たちとの意見交換や情報共有をつうじて、今後、サラワク民族誌研究をより実りの多いものにするべく努めてゆきたい。
(奥野克巳)

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