石川科研基盤(S)全体集会ワークショップへのコメント 田中耕司

「石川科研基盤(S)全体集会ワークショップへのコメント」
田中耕司(京都大学 学術研究支援室)

 ワークショップの冒頭で、本日のワークショップのオーガナイザーのひとりである祖田さんが、コメンテーターには批判的なアドバイスや建設的な批判を述べてほしいと言われましたので、たんなる「批判」ではなく、できれば建設的なアドバイスを述べてその責を果たしたいと思います。

 コメントとして、3つのポイントに焦点を当てたいと思います。1つは、ボルネオ全体の自然条件に関する一般的な理解あるいは概念化についてです。共同プロジェクトを進めるにあたって、サラワクあるいはボルネオ全体の自然環境についてメンバーが大まかな枠組みを共有することが大切だと思うからです。もうずいぶん前になりますが、インドネシアのカリマンタンで調査をおこないました。そのとき、ある地理学者が言っていたことですが、なるほどそのとおりだと思ったことがあります。それは、カリマンタンの河川の特徴についての説明でした。カリマンタンの河川は1つの河川が2つの体系から成り立っているというものでした。それによると、それぞれの河川の上流部があたかも上流、中流、下流のように区分できて、上流部に疑似下流とも呼びうる地域が存在するというのです。本来の下流域に見られるような平坦な低地が河川の上流部にもあるということです。こういう重層的な河川体系によって1つの大きな河川が構成されているということになります。ボルネオの中央に連なる脊梁山脈から、放射状に、カリマンタン側にはカプアス、バリト、マハカムという三大河川があります。そしてサラワクでは、より小規模ですが、多くの川が流れてきますが、カリマンタン側もサラワク側も、基本的には、河川システムは同じようなものであると考えています。

 サラワク側の河川では、カリマンタン側と比較して流れがより蛇行して、より短い距離となりますが、カリマンタン側と同様な自然環境あるいは生態環境のセッティングがあると思います。こういう河川の特徴に応じて、多様な民族グループの活動が展開し、その結果としての多様な土地利用がみられます。上流部での川の流れは、土砂を削っていきます。中流域ではそれが運搬され、下流部では河川が多くの分流に分かれて土砂を堆積させます。これは河川システムのごく一般的な特徴ですが、こういう特徴を背景に、民族グループの多様さや自然資源の多様さが展開しています。というわけで、サラワクにおいて、河川システムがいったいどんなものであるか、とりわけ、ボルネオの河川がもつ重層的なシステムを念頭に、共通のイメージをもちながら共同調査を実施していってほしいと思います。これが第1のポイントです。 第2のポイントは、共同研究のあり方についてです。とくに自然科学分野の人たちによる調査をどう生かしていくかということに関わります。徳地さんと小泉さんの2つの話題提供を例に挙げます。お二人のプレゼンテーションは大変興味深いものでしたが、いくつかの疑問が残りました。たとえば、徳地さんの場合は、森林伐採やプランテーションの造成などによる土地利用の変化があって、それによる河川水質の変動が見られたという報告でした。しかし、こういった水質の変化、栄養塩類の増減の評価については言及がありませんでした。その増減が流域全体の自然環境や人間社会にとって有害なのか、あるいは有益なのか。その影響について評価・説明してほしかったという印象を受けました。同時に、その結果を人文学・社会科学分野の研究者はどう評価しているのかという議論もぜひ聞いてみたいとも思いました。

 小泉さんも生物多様性の変化などについて話題提供で強調されましたが、その報告から徳地さんに対するのと同様な印象を受けました。動物相の変化が住民の生活にどんな影響があるのかについて調査では明らかにされていません。また、そもそも動物相の変化が、山間部に住むマイノリティ集団によってどう受けとめられているのか。さらに、こうした変化が、彼らだけでなく華人系やマレー系住民にも共通する課題として受け止められているのか。また、彼らはこのことをどう語っているのか。マイノリティ集団の居住区域にかぎらず、そのほかの地域の人びとにどのような影響があるのか。また、その変化は彼らにとってどんな意味があるのか。さまざまな疑問が浮かんできました。小泉さんが調査を通じて明らかにしてきたような事実、すなわち動物相の変化に対する知識や理解はたいへん重要な発見です。しかし、それを調査地やその他の流域内の人々にどう伝えていくのかも重要な課題であるように思います。と同時に、この発見はプロジェクトに参加する研究者間のインタラクションを高めるきっかけともなるはずですので、この成果をめぐってさまざまな議論が活発になることを願っています。

 第3のポイントも、おそらく第2のポイントと同様に、このプロジェクトをさまざまな分野の研究者が真に協働する場としていくことに関わる点です。それは、「変容」をどうとらえていくかという課題です。社会が変わり、人びとの暮らしが変わり、そしてすべてが社会外部からの大きな圧力によって変容しています。そして、このプロジェクトでは「バイオマス」をキーワードにその変容をとらえようとしています。サラワクが、豊かなバイオマスに依存した社会であり、その特徴はこれからも続いていくでしょう。生態学者は、そのバイオマスが劣化していくことに警鐘を鳴らします。しかし、その地域に居住する人びとの立場に立てば、変化していくバイオマスからいかにして彼らの存続に関わるバイオマス資源をもとめていくかが重要な関心事のはずです。バイオマスが変化すればバイオマス社会も変化していくと考えるべきでしょう。もうひとりのコメンテーターの河野さんも強調していましたが、プランテーションの導入などによってもたらされている変化を十分に視野に入れた、ということは、森林などの自然資源を主としたバイオマスだけでなく、人為によるバイオマスも視野に入れた、バイオマスの概念化あるいはバイオマスという概念そのものを豊かにする試みが必要なように思います。バイオマス社会の概念的な強化は、このプロジェクトにおけるさまざまな個別の調査を統合してゆくうえでぜひ取り組むべき課題ではないかと考えます。

 何よりも、このプロジェクトで実施された現地調査の成果からバイオマスあるいはバイオマス社会の概念を強化していくことが重要です。また、一つの河川流域をモデルとしてとりあげて、流域社会としてのバイオマス利用というような観点から、このプロジェクトを統合していくことも重要な課題かと思います。プロジェクト自体はあと2年から2年半ほどで終了しますので、石川さんにはぜひこの面での統合力を発揮してほしいと期待しています。同時に、メンバーの皆さんの積極的な協働への参加も期待しています。

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