UNIMAS主催による小農アブラヤシ栽培に関するセミナーの報告 

International Seminar:
“The last Malaysian Oil Palm Frontier: Oil Palm Smallholders and the Emerging Socio-economic Landscape of Rural Sarawak”
に参加して


12月5日(火)にマレーシア・サラワク大学の東アジア研究所でアブラヤシ小農に関するセミナーが開催された。
当プロジェクトからは祖田 亮次加藤 裕美が参加した。
セミナーの詳細と各発表者の発表内容は以下の通りである。

日時:2012年12月5日(火)9:00-14:00
場所:Institute of East Asian Studies, Universiti Malaysia Sarawak

1. Richard Schatz (IEAS, UNIMAS)
“The Transformation of Sarawak Agriculture: An Historical Overview, 1963-2011”
 1963年、サラワク人口の80%は農民で、多様な商品作物を育てていた。マラヤや英領北ボルネオは植民地期に大規模なプランテーションを開いてきたが、サラワクはブルック政府がそれを拒み、小農が育成されてきた。しかし、現在、人口の28%のみが農民で、その多くがたった1つの商品作物、つまりアブラヤシを育てているような状況である。ヤシ油の価格が良ければ人々の生計もよいが、200年の資本主義経済の経験から、またすべての商品作物に共通して言えることは、価格が上がったあとには必ず下がるということである。
 現在、サラワクの農業面積の70%にアブラヤシが植えられており、その価格が下がった場合サラワクはかなりの影響を受けるであろう。さらに、現在200,000人のインドネシア人がサラワクのアブラヤシプランテーションで働いており、大量の労働者を移民に依存することは、社会的、経済的、政治的に問題をはらんでいる。逆に小農栽培は良い点が多い。まず、RM3000ぐらいの月収入を得ることができ、土地問題が少ない。そして地元の労働力を使うことができ、生態への影響も少ない。

2. Soda Ryoji (Osaka City University) and Kato Yumi (Waseda University)
“Impacts of Oil Palm Smallholdings on Rural-urban Household Economy: A Case in Bintulu, Sarawak
 アブラヤシは人々にマイナスのインパクトを与えると考えられてきたが、意外にも人々は積極的に栽培を受け入れている。特にビントゥルはサラワクの他省と比較しても栽培面積が急速に拡大している地域である。小農の間でも、栽培状況は多様であるが、栽培本数が少なくてもある一定の収入を得ており、他の商品作物栽培と比べても安定している。小農は、価格の上下にも慣れているので、今後のアブラヤシ価格の変動にも対応できると考えている。また、アブラヤシ以外のたくさんの生業の選択肢もある。
 近年では、アブラヤシ栽培によって都市世帯と農村世帯の関係にも新たな展開がみられる。町に出て行った人が村に引き上げてきたり、週末農業をしに村に帰る頻度が高くなったりしており、村の活性化がみられる。それと同時に家族の居住場所は複雑になり、農村世帯と都市世帯を分けることが難しく、世帯は空間的に拡大しているといえる。従来と異なる点として、農村世帯が必ずしも都市世帯に依存しているとは言えず、農村は稼げる場所として経済力をつけてきていると同時に、都市住民による投資の場とも捉えられるようになっている。農村世帯と都市世帯とを統合的に見る視点が必要になっている。

3. Abdul Rashid Abdullah (IEAS, UNIMAS)
“Oil Palm Smallholders of East Malaysia: Articulating With the Industry and Global Market”
 アブラヤシ産業はサラワクの主要な産業であり、それは地域の生計を改善することが謳われて開発が進められてきた。1970年代サラワクでは半島部のFELDAの例を踏襲して、プランテーションベースのコミュニティーを作ることを計画した。プランテーション周辺に小農を配置し、プランテーションと小農の関係を人工的に築こうとしたのだ。しかしながら1980年代になると多様なアクターが参入するようになった。SALCRA、LCDA、FELDA、MPOBなどである。使っていないNCRをJoint Ventureとして利用することにもなっていった。
 アブラヤシ小農栽培にはネガティブな面も存在する。アブラヤシは他の商品作物と比べて、市場の影響を受けやすい。小農は自身でアブラヤシを加工し、ストックすることができないので、ゴムやコショウのようにタイムラグを利用した販売戦略をとることはできず、どんなに価格が安くても売らなければならない。アブラヤシの安定的収穫には施肥がもっとも重要な要素になるが、小農は肥料を十分に与えない場合が多いので収穫量は少なくなってしまう。うまくいかない小農では、近くに工場がないのに植え始めたり、工場に売りに行くまで2-3日かかるのでその時間差を考えて未熟な実を収穫してしまったりする人々もいる。

4. Dave Lumenta (Universitas Indonesia)
“Fighting Oil Palm with Rubber: Contesting the West Kalimantan Borderland Area”
 インドネシア、西カリマンタン州のカプアス川上流では、2005年以降警察や軍隊の取り締まり強化によって違法伐採が激減した。それ以降SSHという国家計画もあり、地方行政は人々にアブラヤシ小農に取り組むように勧めた。カプアス川上流では、現在24のプランテーション・コンセッションが発行されている。2006年には同地区の3.5%の土地にコンセッションが発行されたが2012年には17%にまでなっている。それにともない森林のダウングレードカテゴリーがなされるようになった。特に違法伐採以降Production ForestやLimited Production ForestなどはNon Forest Areaに変えられている。Non Forest Areaはアブラヤシが栽培できる土地だからだ。  それに対し、ゴム園は森に分類され、人々によって管理されているとみなされる。このため、多くのイバンが土地確保を目的にアブラヤシではなくゴムを植えて対抗している。また、ゴム価格の高騰化にともなって人々のゴム栽培が加速している。イバンのアブラヤシに対する抵抗はアブラヤシそのものに対する抵抗というよりも、より大きく複雑な土地制度に対する抵抗と言える。

5. Dimbab Ngidang (IEAS, UNIMAS) 
“Smallholder’s Response to Oil Palm Expansion in Malaysian Borneo State of Sarawak”
 サラワクにおける農業の変遷には、狩猟採集→定住稲作→商品作物栽培という大きな流れがある。1981年LCDAの設立以降企業によって開発が進められてきた。NCRはプランテーション産業にとって最も「使いやすい」土地である。1996年に「新しいコンセプト」のもとで、JVC(Joint Venture Company)方式が導入されて以降、先祖の土地は経済成長と貧困削減という名目のもとに開発されていった。その結果、土地を巡って、政府、小農、企業が三つ巴になって争っている。
 アブラヤシは人々にとって作物の多様性、生計戦略として植え始められている。アブラヤシ関連産業もさまざまある。輸送業、種苗業、ライセンス業、製油業、機械メンテナンス業などさまざまな関連産業が生まれている。小農栽培は、資本、苗、肥料へのアクセスによって格差が生まれている。MPOBからの支援は土地登記がないと受けられず、労働力や道路設備、輸送手段も必要である。小農の生産性が悪いのは、多くの場合、肥料不足、メンテナンス不足、植栽間隔の狭さが原因する。そして、アブラヤシ栽培に関する知識の不足も大きな要因として存在している。しかしながら、適切な栽培方法をとれば、経済的には高い収益を得ることができ、小農ベースでアブラヤシ栽培を進めれば、土地争いも少なくなるであろう。

 セミナー全体を通して、サラワクの農業政策の変遷、アブラヤシ栽培拡大の過程が要点良くまとめられていた。小農栽培についてはそのポジティブな面とともにネガティブな面が各地の事例を豊富に示され、活発な議論がされた。
   アブラヤシ栽培がサラワクの農業や人々の生活に与える影響については、今後様々な視点からさらなる研究が期待される。
(文責:加藤裕美)

セミナーで発表する祖田 亮次氏 (撮影:加藤 裕美)

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