第10回 国際狩猟採集社会 会議の報告
ボルネオの狩猟採集民研究の動向:第10回国際狩猟採集社会会議に参加して
加藤 裕美(京都大学 白眉センター/東南アジア研究所)
2013年6月25日から28日かけて、イギリスのリバプール大学で第10回国際狩猟採集社会会議(10th International Conference on Hunting and Gathering Societies、以下CHaGS)が開催された。本稿では、会議に参加した感想を交えつつ、会議で発表された、ボルネオの狩猟採集民に関する研究紹介を行いたい。この会議は2002年にエジンバラ大学で開催されて以来、11年ぶりの開催となった。2007年に開催予定であったインド側のマネジメントが上手くおこなわれず、翌年に延期になり、結局インド大会は中止となり今年に至った。今回の主催者は、アフリカの考古学が専門のラリー・バルハムである。発表者は、約30か国から250人ほど集まり、参加者は300人ほどいたと思われる。参加者は、イギリスで開催されたこともあり、欧米の研究者が多く集まった。その他、インド、南米、東南アジアやアフリカからの参加者も少数ながらいた。日本からは約20名ほどが参加した。研究対象として最も多かったのが中部アフリカのピグミー、次いで南部アフリカのサン、次いでインドやボルネオ、フィリピンが続いた。 ボルネオについては8人の研究者が口頭発表を行った。パリ国立科学アカデミーのBernard Sellato氏、スウェーデンのウプサラ大学のLars Kaskija氏、フィンランドのヘルシンキ大学のKeneth Sellinder氏、フランス自然史博物館/京都大学海外学振PDのNicolas Secard氏、デンマークのコペンハーゲン大学のMikael Rothstein氏、マレーシア科学大学のLye Tuck Po氏、そして加藤である。イギリスで開催されたためか、欧州の研究者の参加が多かった。以下では、各研究者の発表内容について簡単に紹介したい。なお、カリマンタンのプナンの研究をしているケント大学のPuri Rajindra氏やモンペリエ大学のEdmond Dounias氏も参加したが、それぞれボルネオではなくインド、アフリカの研究成果について発表を行っていたので本稿では割愛する。 まず1日目には、”hunter-gatherer sociality”のセッションで、 Lars Kaskija氏が”Sociality and livelihood among Punan of Borneo”と題した発表を行った。この発表では、狩猟採集民の生業の特徴ではなく、社会的な特徴について考察された。「個人主義」、「各家族の自主性」、「機会主義」、「分配の重視」、「社会的平等性」は、狩猟採集社会の特徴として述べられてきた。これらの特徴は、狩猟採集民のみならず、被差別民、下位集団、行商人、マイノリティなどにみられることもあり、そういった社会と狩猟採集社会を比較する必要があるだろうという発表であった。 同じセッションでKenneth Sillander氏が、”Open-aggregated organization and associated patterns of sociality”と題した発表を行った。この発表では、狩猟採集社会に共通してみられる開かれた集合性や社交性の特徴について検討された。「流動的な社会」「個人の自主性」「平等主義」「社会的連帯」などは、狩猟採集社会に見られる特徴とされてきた。こうした特徴はSillander氏が研究対象とするカリマンタンのBentianなどのような、人口統計学的に小規模で地理的にも隔離された移動耕作社会にも見られるという。こういった特徴がなぜ小規模な農耕民の間でもみられるのか考察された。 2日目には、”cultural resilience”のセッションで、Peter Sercombe 氏が、”Penan folk tales: Themes, forms and functions”と題した発表を行った。Peter Secrombe氏は応用言語学者である。ブルネイやバラム川流域のプナンで収集したスケットの語りに見られる言語学的特徴やスケットの機能についての発表をした。スケットには非常にたくさんの種類があり、そのテーマや機能について分析された。スケットの機能としては、道徳的な教示、神話性、動物との関係性、また単に楽しみのためといった機能がある。現在Penanを取り巻く状況はより大きな世界との政治的な関係性が重要になってきているが、そのような状況においても日常生活で語られるスケットの機能について分析していた。 また、”dance and ritual”のセッションでは、Mikael Rothstein氏が、”The alimentary construction of social and supernatural identities: Commensality codes and cultural resilience of the Eastern Penan”と題した発表を行った。この発表では、Penanの神と精霊の概念や道徳や倫理と言ったものが議論された。キリスト教化、ロギングなどによりプナンの文化は脆弱化しているのか議論された。そのなかで、現在みられる共食などから従来のプナンの文化の再生産について考察していた。 3日目には、“hunter-gatherers and their neighbors”のセッションでは、Nicolas Cesard氏が、“Acculturation or continuity? The adoption of marriage payments among the Punan Tubu (Indonesia)”と題した発表を行った。この発表では、カリマンタンのPunan Tubuの婚資の複雑化について考察された。これまで、Punan Tubuにおける婚資の支払いは、花婿の父親から花嫁の父親への支払いだった。しかし、現在では花婿の父親から花嫁の父親へ支払われた婚資が花嫁の父親からその兄弟へ再分配され、また花嫁の父親から花婿の父親への婚資の返礼が行なわれている。婚資の分配について、拡大化、複雑化している状況が考察された。 また、4日目には同じセッションで加藤裕美が、”Resilience and flexibility: history of hunter-gatherers’ relationships with their neighbors in Borneo”と題した発表を行った。この発表ではシハンと農耕民、華人、マレー人、Penanなどの周辺の人々との関係性を通史的に考察した。そして、それぞれの「隣人」との間の、交易や賃労を通した開かれた経済的な関係性、現在の土地問題や町での居住、開発プロジェクトの獲得を通してみられる政治的な緊張関係、さらに個人レベルの婚姻に見られる複雑な社会関係について考察した。 最後に、”hunter-gatherer crafts”のセッションでBernado Sellato氏が‘Punan crafts and past and present cultural and economic trends: “We taught them so they could produce for us“’と題した発表を行った。そこでは、狩猟採集民の物質文化は農耕民と比べて元来貧しいが、一度農耕民から吹き矢、製鉄、犬飼の技術を教えられると、農耕民に勝る技術を発達させる状況が述べられた。特に、ラタン工芸に関していうと狩猟採集民は農耕民との交易の需要によって様々な種類の手工芸品を生み出してきた。定住後においても多数の工芸品、モチーフを生み出し、それはツーリズムによってボルネオを越えて世界へ流通するようになった。しかし、現在では下流の人々が逆にこういったモチーフをコピーし、プナンのマーケットを妨害する状況が指摘された。 同じセッションでLye Tuck Po氏は、”Combs, baskets and mats: The practice of craft and the craft of hunter-gatherer history” と題した発表を行った。マレー半島のバテッとブラガの西プナンにおける手工芸品の作製について比較を行った。バテッの代表的な手工芸品は竹櫛である。竹櫛は文化的装飾と言え、個人的な思い出や好きなイメージを装飾に投影するものである。非常にプライベートなモチーフが装飾に投影される。一方、プナンのラタン工芸は、外部から教えられた工芸品やモチーフが、コミュニティ間で共有され、使用されていた。バテッにおける工芸品がより個人的なものであるのに対し、プナンの工芸品はより集団的であると示唆した。 また、口頭発表ではなかったが、ポスター発表で金沢謙太郎氏が”The nomadic Penan in Sarawak: Their Life Strategy over Environmental Change”と題した発表を行った。 感想として、今回発表された内容は、これまでも扱われてきた口頭伝承、物質文化、婚姻関係、狩猟採集民と農耕民の関係などオーソドックスなテーマが多かった。しかし、そのなかでも口頭伝承からより内面的な精神文化へ、また物質文化や婚姻関係を扱う中で農耕民、外部集団、外部社会とのつながりなどが、強調されていた。そうしたそのなかで、狩猟採集民の「社会性」について考察がされていた。個人的な感想としては、ボルネオのみならず世界各地の狩猟採集民を研究対象としている若手研究者と今後の研究の問題点を議論でき、大変刺激になった。またボルネオの研究者は、これまで本でしか読んだことがなかった人たちばかりであったが、みな大変親切で有益なコメントをたくさんくださった。毎晩学会後にはパブに場所を移してお酒を酌み交わしながら議論ができて大変良い経験となった。それと同時に、日本人の研究があまり世界では知られていないことも痛感した。今後、私たちは研究成果が世界に向けて発信されているかいなか、常に検討しなければならないことを身を持って感じた。
2013年6月25日から28日かけて、イギリスのリバプール大学で第10回国際狩猟採集社会会議(10th International Conference on Hunting and Gathering Societies、以下CHaGS)が開催された。本稿では、会議に参加した感想を交えつつ、会議で発表された、ボルネオの狩猟採集民に関する研究紹介を行いたい。この会議は2002年にエジンバラ大学で開催されて以来、11年ぶりの開催となった。2007年に開催予定であったインド側のマネジメントが上手くおこなわれず、翌年に延期になり、結局インド大会は中止となり今年に至った。今回の主催者は、アフリカの考古学が専門のラリー・バルハムである。発表者は、約30か国から250人ほど集まり、参加者は300人ほどいたと思われる。参加者は、イギリスで開催されたこともあり、欧米の研究者が多く集まった。その他、インド、南米、東南アジアやアフリカからの参加者も少数ながらいた。日本からは約20名ほどが参加した。研究対象として最も多かったのが中部アフリカのピグミー、次いで南部アフリカのサン、次いでインドやボルネオ、フィリピンが続いた。 ボルネオについては8人の研究者が口頭発表を行った。パリ国立科学アカデミーのBernard Sellato氏、スウェーデンのウプサラ大学のLars Kaskija氏、フィンランドのヘルシンキ大学のKeneth Sellinder氏、フランス自然史博物館/京都大学海外学振PDのNicolas Secard氏、デンマークのコペンハーゲン大学のMikael Rothstein氏、マレーシア科学大学のLye Tuck Po氏、そして加藤である。イギリスで開催されたためか、欧州の研究者の参加が多かった。以下では、各研究者の発表内容について簡単に紹介したい。なお、カリマンタンのプナンの研究をしているケント大学のPuri Rajindra氏やモンペリエ大学のEdmond Dounias氏も参加したが、それぞれボルネオではなくインド、アフリカの研究成果について発表を行っていたので本稿では割愛する。 まず1日目には、”hunter-gatherer sociality”のセッションで、 Lars Kaskija氏が”Sociality and livelihood among Punan of Borneo”と題した発表を行った。この発表では、狩猟採集民の生業の特徴ではなく、社会的な特徴について考察された。「個人主義」、「各家族の自主性」、「機会主義」、「分配の重視」、「社会的平等性」は、狩猟採集社会の特徴として述べられてきた。これらの特徴は、狩猟採集民のみならず、被差別民、下位集団、行商人、マイノリティなどにみられることもあり、そういった社会と狩猟採集社会を比較する必要があるだろうという発表であった。 同じセッションでKenneth Sillander氏が、”Open-aggregated organization and associated patterns of sociality”と題した発表を行った。この発表では、狩猟採集社会に共通してみられる開かれた集合性や社交性の特徴について検討された。「流動的な社会」「個人の自主性」「平等主義」「社会的連帯」などは、狩猟採集社会に見られる特徴とされてきた。こうした特徴はSillander氏が研究対象とするカリマンタンのBentianなどのような、人口統計学的に小規模で地理的にも隔離された移動耕作社会にも見られるという。こういった特徴がなぜ小規模な農耕民の間でもみられるのか考察された。 2日目には、”cultural resilience”のセッションで、Peter Sercombe 氏が、”Penan folk tales: Themes, forms and functions”と題した発表を行った。Peter Secrombe氏は応用言語学者である。ブルネイやバラム川流域のプナンで収集したスケットの語りに見られる言語学的特徴やスケットの機能についての発表をした。スケットには非常にたくさんの種類があり、そのテーマや機能について分析された。スケットの機能としては、道徳的な教示、神話性、動物との関係性、また単に楽しみのためといった機能がある。現在Penanを取り巻く状況はより大きな世界との政治的な関係性が重要になってきているが、そのような状況においても日常生活で語られるスケットの機能について分析していた。 また、”dance and ritual”のセッションでは、Mikael Rothstein氏が、”The alimentary construction of social and supernatural identities: Commensality codes and cultural resilience of the Eastern Penan”と題した発表を行った。この発表では、Penanの神と精霊の概念や道徳や倫理と言ったものが議論された。キリスト教化、ロギングなどによりプナンの文化は脆弱化しているのか議論された。そのなかで、現在みられる共食などから従来のプナンの文化の再生産について考察していた。 3日目には、“hunter-gatherers and their neighbors”のセッションでは、Nicolas Cesard氏が、“Acculturation or continuity? The adoption of marriage payments among the Punan Tubu (Indonesia)”と題した発表を行った。この発表では、カリマンタンのPunan Tubuの婚資の複雑化について考察された。これまで、Punan Tubuにおける婚資の支払いは、花婿の父親から花嫁の父親への支払いだった。しかし、現在では花婿の父親から花嫁の父親へ支払われた婚資が花嫁の父親からその兄弟へ再分配され、また花嫁の父親から花婿の父親への婚資の返礼が行なわれている。婚資の分配について、拡大化、複雑化している状況が考察された。 また、4日目には同じセッションで加藤裕美が、”Resilience and flexibility: history of hunter-gatherers’ relationships with their neighbors in Borneo”と題した発表を行った。この発表ではシハンと農耕民、華人、マレー人、Penanなどの周辺の人々との関係性を通史的に考察した。そして、それぞれの「隣人」との間の、交易や賃労を通した開かれた経済的な関係性、現在の土地問題や町での居住、開発プロジェクトの獲得を通してみられる政治的な緊張関係、さらに個人レベルの婚姻に見られる複雑な社会関係について考察した。 最後に、”hunter-gatherer crafts”のセッションでBernado Sellato氏が‘Punan crafts and past and present cultural and economic trends: “We taught them so they could produce for us“’と題した発表を行った。そこでは、狩猟採集民の物質文化は農耕民と比べて元来貧しいが、一度農耕民から吹き矢、製鉄、犬飼の技術を教えられると、農耕民に勝る技術を発達させる状況が述べられた。特に、ラタン工芸に関していうと狩猟採集民は農耕民との交易の需要によって様々な種類の手工芸品を生み出してきた。定住後においても多数の工芸品、モチーフを生み出し、それはツーリズムによってボルネオを越えて世界へ流通するようになった。しかし、現在では下流の人々が逆にこういったモチーフをコピーし、プナンのマーケットを妨害する状況が指摘された。 同じセッションでLye Tuck Po氏は、”Combs, baskets and mats: The practice of craft and the craft of hunter-gatherer history” と題した発表を行った。マレー半島のバテッとブラガの西プナンにおける手工芸品の作製について比較を行った。バテッの代表的な手工芸品は竹櫛である。竹櫛は文化的装飾と言え、個人的な思い出や好きなイメージを装飾に投影するものである。非常にプライベートなモチーフが装飾に投影される。一方、プナンのラタン工芸は、外部から教えられた工芸品やモチーフが、コミュニティ間で共有され、使用されていた。バテッにおける工芸品がより個人的なものであるのに対し、プナンの工芸品はより集団的であると示唆した。 また、口頭発表ではなかったが、ポスター発表で金沢謙太郎氏が”The nomadic Penan in Sarawak: Their Life Strategy over Environmental Change”と題した発表を行った。 感想として、今回発表された内容は、これまでも扱われてきた口頭伝承、物質文化、婚姻関係、狩猟採集民と農耕民の関係などオーソドックスなテーマが多かった。しかし、そのなかでも口頭伝承からより内面的な精神文化へ、また物質文化や婚姻関係を扱う中で農耕民、外部集団、外部社会とのつながりなどが、強調されていた。そうしたそのなかで、狩猟採集民の「社会性」について考察がされていた。個人的な感想としては、ボルネオのみならず世界各地の狩猟採集民を研究対象としている若手研究者と今後の研究の問題点を議論でき、大変刺激になった。またボルネオの研究者は、これまで本でしか読んだことがなかった人たちばかりであったが、みな大変親切で有益なコメントをたくさんくださった。毎晩学会後にはパブに場所を移してお酒を酌み交わしながら議論ができて大変良い経験となった。それと同時に、日本人の研究があまり世界では知られていないことも痛感した。今後、私たちは研究成果が世界に向けて発信されているかいなか、常に検討しなければならないことを身を持って感じた。