プランテーション化の進むランドスケープ における人々の狩猟活動

プランテーション化の進むランドスケープにおける人々の狩猟活動

加藤 裕美 (京都大学 白眉センター/東南アジア研究所)
鮫島 弘光 (京都大学 東南アジア研究所)


1.研究の目的
 本科研プロジェクトでは、プランテーション化による生態環境や人間社会へのさまざまな影響を明らかにしていくことを目指している。本稿は、プランテーション化によるランドスケープの変化が野生動物の生息と人々の狩猟活動に与える影響について考察するものである。
 近年、東南アジア島嶼部の各地では、商業伐採の結果原生林が減り、アカシアやアブラヤシなどのプランテーションへの転換が急速に進んでいる。土地利用の変化は森林に生息してきた動物に影響を与えており、それは人々の狩猟活動にも影響しているであろう。実際に村で調査を行っていると、村人から「村周辺の動物が減っている」とか、逆に「アブラヤシ・プランテーションが広がり、イノシシが増えている」などの様々な変化が語られる。しかしどのような種の動物が、どの程度プランテーションで生息しているか、さらに人々の生活圏とプランテーションが隣接する状況において、従来の狩猟活動にどのような変化がみられるのかは明らかになっていない。さらに現在サラワクの村落社会における生業活動は多様であり、従来のように稲作に強く依存した社会は、少なくなってきている。人々の生業としてより重要になってきているのは、村でのアブラヤシ栽培や、都市や伐採会社、プランテーション会社などでの村外労働などであり、村を離れて都市に居住する人々も多くみられる。このような状況の中で、村に住んで狩猟を行う人の数が減っていることも考えられる。また、村に住んでいても、アブラヤシ栽培など、狩猟以外の生業が忙しく、狩猟に割く時間がないのではないかとも推察される。この結果、動物の生息密度が変わらなくても生業活動の変化によって狩猟頭数が大きく変わってきた可能性も考えられる。
 そこで、本研究では狩猟と周辺の植生、村での生業活動の関係を調べることとした。具体的には、以下の3点を明らかにすることを目的とした。まず1点目に、調査地域における主要な狩猟動物と主要な狩猟方法を明らかにすることである。2点目に、人々の狩猟活動と周辺のランドスケープの関係を明らかにすることである。サラワクは原生林、二次林、アブラヤシ・プランテーション、アカシア・プランテーション、稲作、ゴム園などのさまざまな植生タイプがモザイク状に存在するランドスケープとなっている。このランドスケープと人々の狩猟活動の関連性を把握することを目指した。そして、3点目に、もっとも重要な狩猟動物であるイノシシを対象に、村での生業活動や在村状況などが狩猟頭数にどの程度影響するのかを明らかにすることである。本研究では、調査を通して、重要であると把握された3つの生業活動に着目した。それは、村外労働、稲作、アブラヤシ栽培である。調査村におけるこれらの生業の状況とイノシシの狩猟頭数の相関関係を調べた。

2.調査方法と調査地の概観
2-1. 調査方法
 本研究で対象としたのは、サラワク州ビントゥル省に位置する合計34の村落である(図1参照)。この地域の主な植生は天然林、焼畑休閑林(二次林)、アカシア・プランテーション、アブラヤシ・プランテーションである。本研究では、それぞれの植生に位置する村を数村ずつ選んだ。村でのインタビューは2011年8月、2012年3月、7月、8月に行った。行政資料による、各村を構成する主要な民族集団としては、Iban 23村、Penan 3村(うち2村はIbanと混住)、Punan 3村、Bekatan 2村、Kayan 2村、Tatau 1村である。

図1:調査村の位置 / Fig. 1:

図1:調査村の位置 / Fig. 1:


 調査では、村周辺の植生の把握、全世帯数、在村する世帯数、主な生業、具体的な狩猟方法と狩猟頭数、その変化に関するインタビューを行った(写真1, 2)。在村世帯数を調べる際には、普段は町で働いていて、週末だけ村に帰っている場合も在村世帯に含めた。生業活動に関するインタビューでは、稲作、アブラヤシ栽培、ゴム栽培、コショウ栽培、町や伐採会社・プランテーション会社などでの村外労働について統一的に聞き取りを行った。そのほか、それぞれの村で重要だと考えられる他の生業活動についても追加インタビューを行った。
 狩猟に関する調査では、よく狩猟される動物であるイノシシ、スイロク、ホエジカ、マメジカ、ブタオザル、カニクイザル、ヤマアラシを中心に、直近の1か月の狩猟頭数と1年あたりの狩猟頭数に関する聞き取りを行った。さらに狩猟方法や場所、時間帯、用いる道具、販売先、販売価格などについても調査した。
 これらの調査に加え、比較的よく狩猟をおこなっている村では、上記の動物以外にテナガザルやカワウソ、センザンコウなどサラワクに生息する全49種の中・大型哺乳類の生息状況についても詳しくインタビューした。インタビューの際にはPayne et al.(2005)の動物のイラストを示して質問を行った。
写真1:Rh. Siganでのインタビューの様子 / Photo1: 写真2: Rh. Padangでのインタビューの様子 / Photo 2:
2-2. 村周辺の植生
 調査村周辺の植生は、以下の3つの情報をもとに判断した。2009年のランドサット画像、調査時に村周辺で観察した植生、そして村人から語られた、狩猟に使っている近隣の植生である。聞き取りのなかでは、村からおおよそ3~5㎞ぐらいの範囲を狩猟範囲としていたため、この範囲内の植生を村周辺の植生とした。その結果、村周辺の植生を大きく分けて以下の5パターンに分けた。

1)天然林地域:天然林(そのほとんどは択伐施業を受けている)が多い地域<10村>
主にAnap川上流、Jelalong川の村が、この分類にあてはまる。Tatau川のRh. Siganは下流域ではあるが、周囲の地形が急峻で、択伐コンセッションが残るので、このカテゴリーとした(写真3)。
写真3: 天然林地域の村(Rh. Hassan) / Photo 3:
2)二次林地域:稲作後の休閑林が多い地域<7村>
Tatau川、Kakus川下流、Tubau周辺の村が、この分類にあてはまる(写真4)。
写真4:二次林地域の景観 / Photo4: The landscape of secondary forest
3)自然林・アブラヤシ混交地域:稲作後の二次林や天然林と、アブラヤシ・プランテーションが混交する地域<9村>
Miri-Bintulu道路沿いやBakun道路沿い、Sebauh道路沿いの村が、この分類にあてはまる。Miri-Bintulu道路沿いのRh. Padangについては周囲をアブラヤシ・プランテーションに囲まれているが、近くにBukit Tiban国立公園があって、頻繁に狩猟に行っているためこのカテゴリーに含めた(写真5)。
写真5: 自然林・アブラヤシ混交地域の景観 / Photo 5:
4)アカシア地域:アカシア・プランテーションが寡占する地域<6村>
Tatau-Bintulu道路沿いやSamarakan道路沿いの村が、このカテゴリーに含まれる(写真6)。
写真6:アカシア地域の景観 / Photo6:
5)アブラヤシ地域:アブラヤシ・プランテーションが多い地域 <2村>
Miri-Bintulu道路沿いやSamarakan道路沿いで、プランテーションに隣接する村が、このカテゴリーに含まれる(写真7)。
写真7:アブラヤシ地域の景観 / Photo 7:

 調査対象とした各村の名前と、周辺の植生の関係は表1にまとめた通りである。

表1: 調査村と周辺の植生の関係 / Table1:

表1: 調査村と周辺の植生の関係 / Table1:



3.結果と考察
 調査項目によっては村によって聞き落している項目も存在するが、その場合は回答を得られた村数を数えた。特に記述がない場合は34村すべてで回答を得ている。

3-1. 村の人口と在村する世帯の割合
  調査をした全34村のうち、1村あたりの世帯数は平均29.9 世帯(11~116世帯)であった。在村世帯の割合は21%~100%と幅があり、平均して72%であった。在村する世帯の割合と周辺の植生の関係をみると、図2に示す通り、自然林・アブラヤシ混交地域で平均87%と、最も高かった。この地域で在村世帯の割合が高い理由としては、アブラヤシ栽培が盛んなことがあげられる。それに次ぐのはBintuluの町にもっとも近い植生タイプであるアブラヤシ地域で平均79%であった。この地域で在村率が高かった理由としては、日帰りで町での仕事をおこなっている人が多かった事が考えられる。また3番目に在村する世帯の割合が多かったのは、町から最も遠い天然林地域で平均78%であった。これらの地域では、稲作に従事する世帯も多く、そのため在村世帯の割合も高くなったと考えられる。
 一方町からの距離が中間的な位置にある二次林地域では在村率が平均46%と最も低かった。最低はSamarakan道路沿いのRh. Jimbaiの21%で、普段はほとんど村に人がいないとのことであった(写真8)。このような地域では、BintuluやTatauなどの都市での労働のほかに、伐採会社やプランテーション会社で就労する人も多く、村外労働が盛んであった。またこのような地域では稲作やアブラヤシ栽培など村落を基盤にした農業が盛んではないことが理由として考えられる。
写真8:もっとも在村世帯の割合が少なかったRh. Jimbai / Photo 8:

図2:在村世帯の割合と村周辺の植生の関係 / Fig.2:

図2:在村世帯の割合と村周辺の植生の関係 / Fig.2:


3-2. 人々の狩猟活動
 それでは、人々は実際にどのような種類の動物をどれぐらい狩猟しているのであろうか。以下では、主要な動物の狩猟頭数、狩猟方法の特徴についてまとめたい。
 まず、イノシシは最も狩猟頭数の多い動物で、調査した34村全てで回答を得た。Rh. MajangとRh. Jatunでは年間の狩猟頭数についての回答が得られず、それを除いた32村の平均年間狩猟頭数は8.6頭だった。データが得られなかったRh. MajangとRh. Jatunでは、それぞれ過去一週間で2頭、4頭獲っていた。全34村中、28村ではこの一年以内にイノシシを獲っていたが、残りの7村では数年にわたってイノシシを獲っていなかった。特にTatau-Bintulu道路沿いのRh. Ben、Rh. Sangi、Rh. Nadengでは10年近く獲っていなかった。
 イノシシに次いで狩猟頭数の多いスイロクについては、28村で回答を得たが、Rh. Jusongについては「多い」としか回答を得られなかった。他の27村での平均年間狩猟頭数は5.2頭だった。16村では一年以内にスイロクを獲ったことがあったが、他の12村では一年以上獲れていなかった。またスイロクを食べると関節痛の原因になるという理由で好まない村も存在した。
 ホエジカとマメジカについては、さらに狩猟頭数は少なく、それぞれ25村中7村、20村中6村でしかこの一年の間獲っていなかった。ホエジカについては、Anap川最上流のRh. Mawangで年間20頭あまりを狩猟している以外は、年間2頭ほどしか狩猟していなかった。マメジカを狩猟している村は6村と少なかったが、6村における年間の平均狩猟頭数は12頭であり、盛んに獲っている村とそうでない村との差が大きかった。
 他にはブタオザル、カニクイザル、シベット、ヤマアラシ、マレーグマ、センザンコウ、リーフモンキーなどを獲っていた。これらの動物を盛んに狩猟していたのは、Sebauh川下流のRh. Gawanなど数村に限られた。ブタオザルは、Rh. GawanやLavang川上流のRh. Limaiでそれぞれ、年間40頭あまり、20頭あまりを狩猟しており、両村においては盛んであった。ただカニクイザルやブタオザルは人間に似ているため、狩猟しないと答えた村も多かった。ヤマアラシを多く狩猟しているのは、Rh. Gawanなどの数村に限られ、いずれも胃石を発見したことはないとのことだった。
 狩猟方法については銃、罠、網を用いた猟が行われており、特にライフル銃を用いた猟が最も一般的だった。銃を用いた猟は回答が得られた20村中17村で行われていた。一方、Rh. Jalong、Rh. Majang、Rh. Nadengのように、銃は使わず、罠猟や網猟のみを行っている村もあった。銃を用いた猟を行う際には、犬を使う村もあった。銃を用いた猟に次いで多かったのがはね罠(イバン語でpanjuk)を用いた猟で、20村中9村で行われていた。特に、アブラヤシ・プランテーションのなかでは、はね罠が好んで用いられていた。また、あらたな猟法として、特にSebauh川流域とTatau川流域の5村において網(pukat)をもちいた狩猟がおこなわれていた。この猟法はヤマアラシやセンザンコウなどを獲るために用いられ、ここ2~3年で普及したという。この猟のための網は、魚用の刺し網よりも目が大きいもの(4インチと6インチ)で、Tatauの町で買ったという。
 狩猟時間帯は、夜間であると答えた村が多かったが、犬を使う猟の場合には、昼間におこなう村も数村あった。狩猟へは徒歩で行く村が最も多かったが、天然林の伐採コンセッション、アブラヤシ・プランテーションやアカシア・プランテーションの中ではバイクや車を用いる場合もあった。

3-3. 狩猟頭数と村周辺の植生の関係
 野生動物の狩猟頭数は村周辺の植生との関連が強かった。以下はイノシシとスイロク、その他の動物に分けて狩猟頭数と村周辺の植生の関係を考察する。また、それぞれの植生における狩猟方法の違いについても述べる。

イノシシ
 イノシシの狩猟頭数は、図3に示す通り、自然林・アブラヤシ混交地域の村で最も多く、天然林地域がそれに続いた。植生タイプごとの年間狩猟頭数の平均は、自然林・アブラヤシ混交地域で14.6頭、天然林地域で10.9頭であった。続いて狩猟頭数が多かったのが二次林地域で8.1頭であった。アカシア地域やアブラヤシ地域では、狩猟頭数は最も少なく、それぞれ0.8頭、0.0頭であった。  天然林での狩猟は、特に択伐コンセッションに隣接するAnap川上流で盛んに行われていた。この地域では、昼間猟犬を連れて森の中を歩いて動物を探すだけでなく、夜間伐採道路をバイクで走り、出会いがしらの個体を狩猟することも多い。
 またこの地域では年によって狩猟頭数に大きな差があった。この地域の低地・丘陵部の天然林は、フタバガキ混交林と呼ばれる森林タイプが多いが、この森では数年に一度フタバガキ科をはじめとする多くの樹種が同調して開花・結実することが知られている。フタバガキの実は天然林におけるイノシシの主要な餌資源で、一斉結実がおきた年はイノシシが増える。Rh. Mawangの近くの村人の話では普段の年は年間5頭ぐらいイノシシが獲れ、たくさん実がなる年は20-30頭が獲れるとのことであった。しかし天然林に囲まれた村のすべてにおいて狩猟頭数が多かったわけではない。Rh. Resaは、周囲に天然林が残る村であるが、狩猟は盛んではなかった。Rh. Resaにおいて狩猟が活発に行われていない理由については、ムスリムが多いことなどが考えられる。
 自然林・アブラヤシ混交地域では、アブラヤシ・プランテーションと天然林の境界で夜待ち伏せをし、狩猟をするという方法がよく用いられていた。調査中に人々は以下のように話をしていた。夜中イノシシは天然林からアブラヤシ・プランテーションの中に採餌に訪れ、夜が明ける前にアブラヤシ・プランテーションから天然林に同じ獣道を使って戻る。人々はイノシシがアブラヤシ・プランテーションの中に入った後に足跡を見つけ、そこで待ち伏せをし、アブラヤシ・プランテーションから天然林にもどるイノシシを狩猟するとのことであった。例えばMiri-Bintulu道路沿いのRh. Padangの村周辺にはBukit Tiban国立公園があり、人々はこの森とアブラヤシ・プランテーションの境界で頻繁に狩猟を行うとのことであった。一方、Rh. Gawan、Rh. Limaiのようにアブラヤシ・プランテーションの中で狩猟している村も多かった。自然林・アブラヤシ混交地域の特徴のひとつは、天然林地域と異なり一斉結実の影響を受けない点である。これらの地域にはフタバガキ科の樹種は少ないため、年ごとの狩猟頭数の変動は少ないと考えられる。
 アカシア・プランテーション内での狩猟はそれほど一般的ではなかった。近くにアカシア・プランテーションがあっても、そこには動物がいないと判断して狩猟に行っていない村が多かった。しかしTatau川下流のRh. JalongやRh. Siganでは、アカシア・プランテーションの中にもスイロクやイノシシが生息しており、アカシアの実を食べていると認識していた。そして、実際にアカシア・プランテーション内で罠猟を行っていた。
 また村の近くのゴム林でイノシシを獲ると回答した村も多かった。ゴムの実がなるとイノシシがたくさん来るようになるという。Kakus川沿いのRh. Ajeyなどではイノシシのもっとも主要な猟場としてゴム林をあげていた。
 一方、村の近くに天然林や二次林がほとんど残っておらず、アカシア・プランテーション、アブラヤシ・プランテーションが優占する地域では数年にわたって狩猟がされていなかった。上述のように自然林・アブラヤシ混交地域では、アブラヤシの実や若芽を食べることができるためにイノシシの狩猟頭数が多くなるが、自然植生が完全になくなってしまうと逆にイノシシがいなくなる可能性がある。自然林・アブラヤシ混交地域に位置し、現在でも比較的多くのイノシシを獲っているRh. Padangでは、このことを裏付ける以下のような話があった。周辺にアブラヤシが広がりつつも、まだ自然植生が残っていた2004~2005年ごろにイノシシが最もよく獲れたという。しかし、その後アブラヤシ・プランテーションの拡大とともに自然植生が極端に少なくなると、イノシシは獲れなくなってきたということであった。
写真9:調査中に獲れたイノシシをご馳走になる(Rh. Jusong) / Photo9:

図3:イノシシの年間狩猟頭数と村周辺の植生の関係 / Fig.3:

図3:イノシシの年間狩猟頭数と村周辺の植生の関係 / Fig.3:


スイロク
 スイロクの狩猟頭数は全体的にイノシシより少なかった。またイノシシとは異なる特徴として、天然林が多い地域で最も獲られていた。植生タイプごとの年間狩猟頭数の平均では、天然林地域において最も多く平均9.9頭、続いて二次林地域において多く平均6.8頭、次に自然林・アブラヤシ混交地域の平均3.6頭であった。アカシア地域とアブラヤシ地域においては、イノシシ同様に最も狩猟頭数が少なく、それぞれ0.4頭、0.0頭であった。
 スイロクはアブラヤシ・プランテーションには来ないが、アカシア・プランションでは若葉を食べたり、稲を収穫した後の稲作跡地に来て稲や草の葉を食べていたりすることもあるとのことだった。アカシア・プランテーションでの生息はイノシシよりも多いようで、Rh. Siganではアカシア林で最もよく取れる動物としてセンザンコウとともにスイロクをあげていた。なおKakus川のRh. Ajeyのように、スイロクを食べると関節痛などを引き起こすとして、禁忌としている村も存在した。

その他の動物
 ホエジカとマメジカの狩猟は、よりいっそう天然林地域に限定されていた。アブラヤシ地域とアカシア地域ではRh. Bairの年1~2頭を除いて全て一年以上獲れていないとのことであった。自然林・アブラヤシ混交地域ではホエジカは回答のあった7村中2村、マメジカは4村中1村でしか獲っておらず、二次林地域でもそれぞれ4村中1村でしか獲っていなかった。一方天然林地域ではホエジカ、マメジカともに少なくなってきたとはいうものの、6村中4村、マメジカは5村中4村で年間1頭以上獲っていた。  ブタオザルやヤマアラシはプランテーション化が進んだ地域でも多くの村で狩猟が行われており、特に前者はイネなど、後者はアブラヤシの害獣としてあげる人が多かった。

3-4. イノシシの狩猟頭数と村での生業の関係
  人々の狩猟は、周辺の生態環境に大きく左右されていた。しかし、同じ生態環境下にある村においても、人々の狩猟状況が異なるのは、村に在住する人の数や、他の生業の状況も大きく左右するためと考えられる。以下ではもっとも多くの村で狩猟されていたイノシシを対象に、植生タイプに加えて狩猟以外の生業活動との関係や、在村状況が狩猟頭数に与えている影響を検討していく。
 インタビューの結果から、生業活動としてもっとも多くの人々が従事しているのは、稲作、アブラヤシ栽培、村外労働だった。以下ではそれぞれの生業の状況を説明し、各生業の状況がイノシシの狩猟頭数とどのような関係にあるのかを考察する。

全体的な傾向
 イノシシ年間狩猟頭数、村周辺の植生タイプ、在村率、稲作世帯率、アブラヤシ栽培世帯率の全ての項目について情報を得ることができた32村について、この5つの項目間の相関関係について検定を行った1。この結果、前節で議論した村周辺の植生タイプとともに稲作率がイノシシの狩猟頭数に強く相関し、在村率、アブラヤシ栽培世帯率は相関していなかった(図4)。また稲作率は在村率には相関していたが、植生タイプやアブラヤシ栽培世帯率とは相関していなかった。

図4: 5つの項目の相関関係(すべての組合せを検定し、相関が有意だったものを示す。 P<0.05) / Fig.4:

図4: 5つの項目の相関関係(すべての組合せを検定し、相関が有意だったものを示す。 P<0.05) / Fig.4:


稲作と狩猟の関係
 従来、サラワク内陸部に暮らす人々の生業として最も重要であると言われていたのは稲作である。しかしながら、近年の都市での就労やアブラヤシの小農栽培の拡大にともない、人々の生業における稲作の重要性は低下している。調査村における稲作の状況は以下のようであった。
 調査対象34村において稲作世帯率には大きなばらつきがあった。このうち現在も稲作を行っていたのは27村である。水稲と陸稲は両方みられ、傾向として沿岸部の平地では水稲が多く、内陸部の丘陵地では陸稲が多い。稲作を行っている村での稲作従事世帯の割合は、4%~100%で、平均して48%であった。なかでも特にAnap川上流において稲作が盛んであった。またTatau-Bintulu道路沿いのRh. Sigan、Samarakan道路沿のRh. Bair、Tatau川のRh. Saginにおいても全世帯が稲作を行っていた。
 一方、Bakun道路沿いやSebauh川流域の村落においては稲作に従事する世帯が少なかった。このなかでも特に、稲作を全く行っていない村は7村あり、うち5村はMiri-Bintulu道路からBakun道路が分岐する周辺の村であった。これら稲作を全く行っていない7村のうち、4村においては85%以上の世帯がアブラヤシ栽培を行っており、アブラヤシ栽培に傾注している状況がみられる。残りの3村は、村外労働が盛んで、在村世帯数の低い村であった。
 上記のような傾向がみられるものの、稲作率は村周辺の植生タイプとは相関がなく、必ずしも天然林地域において稲作が盛んであるわけではなかった。Rh. Gawan, Rh. IntingのようにBintuluに近く、アブラヤシ・プランテーションに近いにも関わらず稲作率が高い村や、Rh. HassanやRh. JimbaiのようにBintuluから比較的遠く、周辺に天然林が多いにも関わらず稲作が盛んでない村が存在したためである。
 一方、稲作率は在村世帯率と強い相関がみられ、稲作従事率が高い村ほどイノシシの狩猟頭数が多い傾向があった。この傾向は自然林・アブラヤシ混交地域、天然林地域、二次林地域のそれぞれで見られた。インタビューの結果、7割以上の世帯が稲作を行っている8村では、1年間のイノシシ狩猟頭数が15.9頭と、平均(8.2頭)を大きく上回っていることが明らかになった。一方、稲作を行う世帯の割合が1割以下の9村における1年間のイノシシ狩猟頭数は、平均3.1頭と非常に少なかった。つまり、稲作の盛んではない村においては、イノシシの狩猟も盛んではなかった。狩猟の方法には、村から狩猟に行く以外に、稲作の出作り小屋から狩猟に行くことが考えられる。そのため、イノシシ猟と稲作は親和性の高い生業活動なのかもしれない。

アブラヤシ小農栽培と狩猟の関係
 近年、村落においてもっとも重要な生業となりつつあるのがアブラヤシの小農栽培である。2000年以降沿岸部の村々で始められ、2005年以降は内陸部の村々でも積極的に栽培されている。今回インタビューを行った村の間でも、アブラヤシ栽培が最も重要な生業と答える人が多かった。調査村34村中アブラヤシ栽培を行っていたのは、27村であった。地域的にみると、Anap川上流以外のほぼすべての地域で栽培を行っていた。アブラヤシ栽培を行っている27村中、5村では全世帯が栽培を行っており、8村では8割以上の世帯が栽培を行っていた。特に、Tubau周辺の村やSamarakan道路沿い、Sebauh道路沿いなどにおいて、盛んであった。アブラヤシ栽培を行っている村での栽培世帯数の割合は、5%~100%であり、平均して51%の世帯が栽培を行っており、稲作を行う世帯の割合とほぼ同じ状況といえる。アブラヤシの栽培を開始した年は2005年から2012年とばらつきがあった。稲作率とは異なり、アブラヤシ栽培率と在村率の相関は弱い。これは、天然林地域で在村率が高い村において、アブラヤシ栽培をしていない世帯が多いことによる。
  アブラヤシの栽培世帯率とイノシシの狩猟頭数には相関関係はみられなかった。Tubau周辺や、Samarakan道路沿い、Sebauh道路沿いなど、村でのアブラヤシ栽培世帯の割合が7割以上の8村における年間の平均イノシシ狩猟頭数は5.75頭と、全村落の平均8.6頭よりもやや下回った。一方、村落におけるアブラヤシ栽培世帯の割合が1割以下の9村における年間の平均イノシシ狩猟頭数は8.7頭と平均並みであった。

村外労働
 サラワクにおいては、1980年代より都市への労働移動や、伐採会社など村外での労働が広くみられる。調査村のあるビントゥル省においては、ビントゥル、タタウなどの主要な都市での就労が多く、その他に少数ではあるが、サラワク州内の他の都市や、サラワク州外、もしくは国外で就労をする人も見られる。また、内陸部の村では伐採会社やプランテーション会社での就労者も多くいた。今回調査をした村々の中で村外労働が盛んな村がいくつかあった。村外労働が盛んだった村は、Jelalong川下流の、Rh. Hassan、Rh. Lasah、Rh. Wanや、Tatau川のRh. JimbaiやRh. Ngubangなどであり、これら7村での在村世帯率は平均27%だった。一方、Rh. SiganやRh. Ballrully、Rh. Majang、Rh. Anchaiなどの8村における在村世帯率は100%であった。そのうち5村においては、アブラヤシ栽培率も100%であり、残りの3村においては稲作世帯率が100%と、村内での生業が盛んであった。
 上述のように村での在村世帯率とイノシシの狩猟頭数の間に相関関係はない。もちろん村外労働が盛んで、在村世帯が少ない村では狩猟は盛んではなかった。しかし在村率が高いにも関わらず狩猟が盛んでない村が複数存在した。例えば、アカシア林やアブラヤシ林のみに囲まれた、Rh. BairやRh. Sigan、Rh. Inting、は在村率が高いが、イノシシの狩猟頭数は0頭と少なかった。狩猟ができない理由として、イノシシシのいる天然林が少ないことが挙げられた。しかし、天然林が存在すれば、イノシシがたくさん取れるというわけでもない。例えば、天然林地域のRh. Resaでは、在村率が低くないにも関わらず、狩猟頭数が少なかった。在村世帯率が高くても、村で狩猟をおこなう人が何人いるのかが重要なのであろう。
 今回の調査では、村に多くの人が住んでいても、そのうち、どれぐらいの人が狩猟に携わっているのかは明らかにならなかった。例えばRh. Entikaは在村率は高いが、普段は高齢者しか村に残っておらず、若者の多くは平日は街で仕事をしているとのことであった。このような村では、在村率が高くても狩猟をする人がいない。村における狩猟者の有無と狩猟頭数の関係について、今後調べていきたい。
 
その他の生業
 なお今回の分析には加えなかったが、調査した34村においては、上記の生業以外に、ゴム栽培を行っている村も少数あった。ゴム樹液を採取していなくても、ゴムの木を所有している場合は、ゴムの実が落ちる頃にイノシシやその他の中・大型動物がたくさん採餌に来るので、それを狙った猟をおこなっていた。また、コショウ栽培を行っている村もRh. Padangなど数村あった。農業以外にも、Kpg. Yohなどの一部の村では川魚を獲って生計を立てていた。Rh. Siganにおいては、ラタン製品の作成が盛んであり、周辺の森にはまだラタンがたくさん残っているため、ラタン製品を作ってタタウの市場で売っていた。
写真10:イノシシの骨のサンプルを採集する(Rh.Mawang) / Photo 10: Collecting sample bones of wild boars (Rh.Mawang)
4. まとめ
 今回の狩猟調査の結果をまとめると以下のことがいえるであろう。今回調査したビンツル省ではイノシシが最も多くの村で狩猟され、狩猟頭数も多かった。イノシシの狩猟頭数は、植生タイプと稲作世帯率と強く相関した。植生タイプの中では、自然林とアブラヤシ・プランテーションが混交する地域の村において最も狩猟が盛んであり、天然林地域や二次林地域がそれに次ぎ、アカシア地域やアブラヤシ地域では盛んではなかった。これまで、アブラヤシ・プランテーションの拡大は生息する動物に負の影響を与えると指摘されてきたが、今回の調査では、むしろアブラヤシと自然林の混交地域でもっとも狩猟頭数が多いことが明らかになった。しかしながら村の周辺がアブラヤシ・プランテーションのみの村では狩猟はあまり行われておらず、イノシシの生息のためにはプランテーションとともに自然林がある程度存在することが重要であると考えられる。インタビューの中でもそのような説明が聞かれた。
 稲作世帯率とイノシシ狩猟頭数の相関関係は、イノシシを狩猟している村が多い自然林・アブラヤシ混交地域、天然林地域、二次林地域のそれぞれで見られた。このことから稲作と狩猟活動の親和性が高いことが示唆される。特に稲作従事率が高く、かつ村周辺の植生が天然林の村においては、狩猟は非常に盛んであった。
  一方、村でのアブラヤシ栽培率とイノシシ狩猟頭数は直接的な相関関係はなかった。この結果、在村率が高くてもアブラヤシ栽培率が高い場合は、狩猟を盛んに行っていないことが分かった。このような結果の理由として、以下の2つの仮説が考えられる。1)アブラヤシの仕事が忙しく、狩猟に行っている時間的余裕がない。2)アブラヤシの仕事は週末だけでもできるので、平日は村外で働いている。このため狩猟を行っていない。今後これについて検証を進めたい。
スイロク、ホエジカ、マメジカなどもボルネオでの主要な狩猟動物と知られているが、イノシシに比べて獲っている村は少ない。これらの動物は、主に天然林地域でのみ獲られていた。スイロクやホエジカは焼畑二次林やアカシア・プランテーションの中でも生息していないわけではないが狩猟される頭数が少ない。イノシシに比べてこれらの動物は新しい環境への適応性が低いと考えられる。
  また、今回の調査では国際マーケットの需要が直接人々の狩猟活動に影響を与えている状況がみられた。それはセンザンコウの例である。センザンコウは禁猟動物であり、その狩猟や売買は禁止されている。数年前まではほとんど狩猟されていなかった動物である。しかし、ここ数年、国際マーケットでの需要により、サラワク全土でセンザンコウの狩猟が活性化した。漢方として利用されるセンザンコウの鱗は、在来のネットワークを通じて大量に流通している。人々の狩猟を取り巻く新たなブームとなっている。
流域社会から陸域社会への移行や大規模なランドスケープの変化、村外労働の増加など、人々の狩猟活動を取り巻く状況は大きく変わってきている。このようなマクロなスケールにおける変化のなかで、村での人々の狩猟のありかたをどのように位置づけることができるのか、今後さらなる考察を進めていきたい。
 なお今回の調査村のうち、イノシシの年間狩猟頭数が比較的多く、調査の協力が得られた8村について、狩猟記録をつけてもらい、狩猟した動物、とくにイノシシの体毛を保存してもらうことを依頼している。
また、今回の調査で、Kg. Yohのようにムスリムの村における狩猟のありかたが興味深いと感じられた。Kg. Yohはムスリム化したPenanの村であるが、彼らは、銃や跳ね罠を使った猟を行っており、スイロク、マメジカ、ブタオザル、ヤマアラシ、センザンコウなどをよく狩猟している。そして、ブタオザルなど自分たちで食べない動物が取れた際には、近隣のイバンの村に持って行き売っている。このような、ムスリムの人々による狩猟のありかたも、今後調査を進めていきたいと考えている。

(脚注)
1:無相関検定とクラスカル・ウォリス検定、p<0.05

(引用文献)
Payne, J., C. M. Francis and K. Phillips. 2005. A Field Guide to the Mammals of Borneo. The Sabah Society. Kota Kinabalu.

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