| 研究目的 |
森林・農業班は、ラオス北部を主たる対象として、世紀半ば以降の森林と農業をめぐる地域生態史を構築することを目的としている。
ラオス北部は、東南アジア大陸山地部の核心に位置し、標高メートル級の山地と急峻な谷間、そして多数の山間盆地からなる。多様な民族が、山間盆地では水田水稲作を、山地では焼畑による陸稲栽培を主たる生業として暮らしてきた。これは、これらの人々の暮らしが、それぞれの土地の土壌、水、動物、植物と密接に関係していることを示している。すなわち自然生態系の構造、そしてそれらを成り立たせているメカニズムの変化が人々の生活や生業に直接的な影響を与えるのである。
この地域は、中国と東南アジア、すなわち温帯と熱帯をつなぐ回廊でもある。歴史的に河川は重要な交通路であった。尾根伝いの道も頻繁に利用されてきた。すなわち水陸にまたがる網の目状の物流ネットワークが形成されており、ケシ、安息香やカルダモンなどの森林産物、家畜などが交易されてきた。人々の暮らしは、この交易を通じて、中国世界や東南アジア世界、さらにそれらを経由して国際市場とつながってきたのである。社会秩序の形成やインフラの整備は、物流を通じた外世界とのつながりをますます緊密なものにしている。
また、ラオス北部の過去半世紀の人々の暮らしを考える上で、戦争や統治システムの変化も無視できない。ラオス北部は、あまり知られていないが、ベトナム戦争の主戦場の一つであった。内乱が終結し年の独立によって社会主義政権が誕生した。その結果、行政と村を主体とする計画的な生産・流通システムが導入されたが、それは年代半ば以降の市場経済の導入を受けて修正された。このような政治経済システムの改革は、人々の経済活動のみならず、人々がどこでどのような生活を送るのか、すなわち草の根の社会と文化にも影響を与えたに違いない。
そこで森林・農業班では、森林や農業に生活基盤を置く人々の生活を中心にすえて、それを構成する生態、経済、社会・文化の動態を描き、それらの総体としての地域生態史の構築をめざしている。ラオス北部は、自然環境の水平分布と垂直分布が織り成して、生物多様性の宝庫を形成している。近年の地球レベルでの生物資源に対する関心の高まりは、直接的にはラオス政府の政策や制度整備を通じて、この地域の自然資源の利用や管理のあり方に変更を迫っている。これは、この地域で暮らす人々にとって、外部からの支援として働く場合もあるし、逆に人々の生活、生業に対する圧力として働く場合もある。私たちの研究は、ラオス北部の生物、生態を人々の生活資源としてみる視点を提供し、地球環境と人々の生活の調和を図る道を提示することを目指したものである。