「地域の知」の創生と再生

代表

柳澤 雅之(京都大学地域研究統合情報センター・准教授)

共同研究員

小川 有子(東京理科大学・非常勤講師)、河瀬 彰宏(同志社大学文化情報学部・助教)、工藤 彰(東京工業大学大学院・非常勤講師)中尾 世治(総合地球環境学研究所研究部・研究員)藤倉 哲郎(愛知県立大学外国語学部・准教授)、福田 宏(成城大学法学部・准教授)、柳澤 雅之(京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授)

期間

平成28年4月~平成31年3月

目的

地域に関わる情報、知識、そして知恵を「地域の知」とよぶ。この場合の知識とは地域について人々が調べて知りえた構造化された情報であり、知恵とは地域に生活する人が体験や伝承などを通して得た身に付いた情報である注1)。行政組織や研究機関が蓄積した地域に関わる情報はもちろん、地域に生きる人々がもつ広く深い知識、知恵がそこに含まれる。この知の形は、単なる文字ないし数字などの記号だけではない。画像、音声など様々な情報形態が想定される。また、「地域の知」はすでにある知識だけではなく、膨大な勢いで常に創造される知でもある。「地域の知」を地域研究の場で有効活用するには、個々の情報を分断して必要なもののみを取り出して利用するのではなく、地域での情報の成り立ちを理解することから、情報の集積、分析、そして利用までの有機的なつながりを意識し、個々の情報が持つ意味内容を十分に踏まえた、地域の知を活用するための視点を確立し、活用のためのソフト・ハード両面における基盤つくりが必要とされる。
注1)日本学術会議地域研究委員会の提言「「地域の知」の蓄積と活用に向けて」(2008年)

研究実績状況

[ 平成28年度 ]
研究活動は以下の3本の柱をたてて推進した。
1.個別共同研究との連携
特に非文字資料のデータベース化と計量的分析のための手法開発を目的として、音楽と文学に関する個別共同研究と連携した研究会を開催した(研究会の詳細は個別共同研究の成果を参照)。また、「フィールドノートにおける場面特徴の表現手法の深化と利活用に関する研究」との関連では、12月10日~11日じんもんこん2016のアンカンファレンスにて、地域の知を創出するための、地域研究と情報学の交流について、主に情報学をディシプリンとする研究者20名とともに検討した。
2.フィールドデータの可視化と分析手法の開発
フィールドワークよって得られる観察記録、写真、イメージ図等のデータを、地図上で統合的に可視化し分析するためのシステム開発を首都大学東京とともに行ってきた。2016年度は、フィールドアーカイブのブラッシュアップと社会紛争可視化システムの構築、その他システムのバグ修正をおこなった。
3.長期村落調査データベースの構築
 ベトナム紅河デルタにおける1集落の網羅的な社会経済調査が1995年から5年おきに実施されてきた。ベトナム村落に特徴的な、濃密な世帯間関係のデータを活用し、村落社会関係分析、農村・都市関係分析、村落・国家関係分析など、ネットワークの全体像を把握するための可視化システムの構築と分析手法の開発について検討する研究会を実施した。

[ 平成29年度 ]
本年度の研究活動は、①ベトナム村落データベース研究会の開催、②フィールド・データベースの構築のふたつに分けられる。①は、ベトナム村落で1995年以降、5年ごとに継続的に調査された村落社会経済調査の結果をプロトタイプとして用い、長期の村落動態の比較分析のためのデータベースの仕様を検討し、あわせて分析を進めるものである。質問票からのデータ入力確認作業、世帯の定義、世帯ごとの親戚関係の整理、Google地図を利用した個別世帯の特定等の作業を行った。また、②は、高谷好一(京都大学名誉教授)のフィールドノートをweb上に構築した可視化システムにデータベース化する作業であり、2018年3月末までにすべてのフィールドノートの情報のデータベース化を完了する予定である。さらに、複数の研究者の情報を比較参照可能とするために、柳澤によるフィールドノートの記録をデータベース化し、同じシステム表示させる試みを合わせて行った。

[ 平成30年度 ]
1)情報共有化システムの構築とその利用方法の検討
・フィールドアーカイブ・システムの修正と編集システムの構築
・フィールドアーカイブ活用方法の検討
・新しいフィールドノートデータのデータベース化およびアップロード
2)非文字資料を含む、多様な情報の総合的な読み解きと実証的分析
・個別共同研究「日本民謡の地域情報学的分析―音の伝播と普遍性」(代表:河瀬彰宏)
・個別共同研究「純文学と大衆文学における文学空間史とデータベースの構築」(代表:工藤彰)
-平成30年度-
1)情報共有化システムの構築とその利用方法の検討
・フィールドアーカイブ・システムの修正と編集システムの構築
・フィールドアーカイブ活用方法の検討
・新しいフィールドノートデータのデータベース化およびアップロード
2)非文字資料を含む、多様な情報の総合的な読み解きと実証的分析
・個別共同研究「日本民謡の地域情報学的分析―音の伝播と普遍性」(代表:河瀬彰宏)
・個別共同研究「純文学と大衆文学における文学空間史とデータベースの構築」(代表:工藤彰)

研究成果の概要

[ 平成28年度 ]
研究実施状況で記載した3本の柱ごとの研究成果の概要は以下のとおりである。
1.個別共同研究との連携
音楽分析に情報学の手法を用いて計量的に分析するための道筋を示すことができた。データベース化の手法についても試行錯誤し、音楽学の知識をもつ人によるデータベース化が進んだ。また、個別共同研究では音組織の構造を小泉のテトラコルド理論に基づいて検証可能なことが示されたが、複合共同研究の観点からは、ビッグデータとしてパターンの抽出や音組織の分類方法、分析手法について検討したことが重要であった。
文学作品の分析では、使用される地名をマッピングして、主題のイメージを喚起させるための著者の意図について考察し、時代的な変遷を実証的に示すことができた。文学分析では、使用される地名のマッピング分析を通じ、主題のイメージを喚起するための著者の仕掛けの読み解きを試みた。
2.フィールドデータの可視化と分析手法の開発
 フィールドアーカイブでは、従来のスマトラのデータだけではなく、高谷フィールドノートの7割をカバーする範囲の資料を表形式でデータベース化する作業が完成し、個別地域の可視化と、それらを統合するためのインターフェースを構築した。また、ペルー・アンデスにおける社会紛争データの可視化システムを構築した。
3.長期村落調査データベースの構築
 可視化システム構築のためのデータ整備を進めた。

[ 平成29年度 ]
①ベトナム村落データベース
質問票からのデータ入力確認作業の中で、20~30歳の独立してまもない世帯には、両親の宅地内に新たに家を建築し、登記上は親の扶養になっているものの、実態として、独立した家計を営むケースが多数みられた。こうした若手世帯の多くは夫婦共働きで、子供の面倒を両親に見てもらうケースが多かった。同時に若手夫婦は両親の家の建設・修築、農作業補助等によってお互いに助け合っていることも多かった。また、夫の母親と同居していたが、夫の死後、宅地を二分して義理の母親の宅地を分けているものの、実態としては、寝るとき以外は義理の母親のすべての生活を扶養するケースもあった。これらの例からわかるように、世帯を定義づけることが容易ではなく、個別のケースを詳細に分析しながら、互助の基本的な単位を「世帯」とし、データベース化することを検討した。

②フィールド・データベース
 フィールドノートによると、高谷は1981年1月12~14日、インドネシア・南スラウェシ州のBantimurung周辺の調査を行っている。そこは山地部に位置し、石灰岩の奇岩・奇峰が卓越する独特の景観をなしており、当時すでに貴重なっていた、古い農耕様式が見られる村として訪問し、聞き取り記録と写真、土地利用図を残した。2018年1月28日、柳澤は同じ村を訪問し、村人から水田水稲作について聞き取り調査を行った。その結果、石灰岩の卓越する山地が国立公園化し、Bantimurungの多くの地域も石灰岩の奇岩・奇峰を見どころとする観光地に変貌していた。残された水田では、改良品種の仕様、化学肥料の多投、農薬の使用、耕運機の導入など、平地のブギス人と同様、近代的な農業生産方式に変貌していることがわかった。フィールド・データベースを利用するひとつの有効性を確認することができた。

[ 平成30年度 ]
1)情報共有化システムの構築とその利用方法の検討
・フィールドアーカイブ・システムの修正と編集システムの構築
 動作速度の向上と、編集システムの新たな構築を進めた。特に編集システム構築では、本システム上でのオリジナルデータの修正を可能とした。それにより、地図上でフィールドノートの記述の妥当性を検討し、すぐに修正に反映させることのできるシステムを構築することができた。
・フィールドアーカイブ活用方法の検討
 インドネシア・南島スラウェシ州でのフィールドノートの記録を、高谷の時代の1980年と、2017年度に実施した景観観察の記録とを比較検討した。その結果、ズームインとズームアウトを往還しながら、フィールドアーカイブの多様な地図上で可視化させることで、過去の記録を現在と比較可能となるだけでなく、フィールドワークと組み合わせることで、現在の地図のさらなる読み解きが可能になることを示すことができた。
・新しいフィールドノートデータのデータベース化およびアップロード
 従来、高谷好一フィールドノートの記録だけであったが、新たに、古川久雄、山田勇、応地利明、阪本寧夫の協力により、フィールドワークの記録のデータベース化を進めた。本年度に新たにアップデートした地域は以下の通り。

 イスラエル・パキスタン(1995年)
 イスラエル・パレスチナ(1997年)
 エジプト(1993年)
 キプロス(1997年)
 ギリシャ1993年
 シリア(1993年)
 チェニジア(1993年)
 トルコ(1993年)
 トルコ・イラン(1989年)
 ヨルダン(1993年)
 アフリカ(1997年)
 エジプト(1987年)
 エチオピア(1967年)
 ケニア(1986年)
 マダガスカル(1986年)
 地中海(1987年)
 南インド(2016年)
 フィリピン・イフガオ(1995年)
 南スラウェシ(1994年)

2)非文字資料を含む、多様な情報の総合的な読み解きと実証的分析
個別共同研究「日本民謡の地域情報学的分析―音の伝播と普遍性」と「純文学と大衆文学における文学空間史とデータベースの構築」の成果については、個別共同研究の報告書を参照。

公表実績

[ 平成28年度 ]
・じんもんこん2016アンカンファレンスでの発表(2016年12月11日)

[ 平成29年度 ]
①ベトナム村落データベース研究会の開催状況は以下のとおりである。
2017年5月26日(東京)、6月21日(東京)、7月4日(東京&京都、スカイプ会議)、7月25日(東京&京都、スカイプ会議)、11月7日(東京&京都、スカイプ会議)、12月12日(東京&京都、スカイプ会議)
また、台湾で開催された国際会議で研究成果の公表を行った。
YANAGISAWA Masayuki, 2017. “Between rural and urban: A socio-economic history of the Red River Delta village”, International conference “30 years after Doi Moi policy in Vietnam”, Organized by Center for Asia-Pacific Area Studies, Research Center for Humanities and Social Science, Academia Sinica, Taipei on June 29-30, 2017
②フィールドノート・データベースは以下のURLでインドネシア・スマトラ調査の記録を公開している。
http://archiving.jp/~yurina/fieldnote/app/

[ 平成30年度 ]
柳澤雅之、2018.「土地利用変化を研究するための新資料-南・南島スラウェシ州の事例から」、インドネシア研究懇話会第1回研究大会、2018年12月16日、京都大学稲盛財団記念館

YANAGISAWA Masayuki, TAKATA Yurina, and YAMADA Taizo. 2018. “Text analysis and visualization of field note data,” Proceedings of The II. International Conference of the Asian Federation of Mediterranean Studies Institutes, December 23, 2018. Inamori Memorial Hall, Kyoto University., Japan. Pp.173-180.

研究成果公表計画, 今後の展開等

[ 平成28年度 ]
・音楽分析では、日本民謡の国内他地域での分析、および日本周辺諸国との比較研究
・文学分析では、マトリックス化が可能な他の概念のマッピングを検討する。
・地域の知の収集・共有化・分析のための学術叢書の刊行
・村落事典の刊行とデータベース化

[ 平成29年度 ]
①ベトナム村落データベース
データベースの仕様の決定、情報入力等を進め、データベースとして公開する予定。
②フィールド・データベースの構築
2018年3月末までに、高谷フィールドノート修正のすべての記録をデータベース化する作業を終え、入力システムの構築と修正を経て、公開する予定。

[ 平成30年度 ]
情報共有化システムの構築とその利用方法の検討
 データ更新後のフィールドアーカイブの公開 http://fieldnote.archiving.jp/

 

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