- 研究代表者:Chris Baker(チュラロンコン大学・アジア研究所)
研究概要
本書は、ソンブーン・シリプラチャイ元タマサート大学経済学部教授の8 編の論文をまとめた遺稿集である。同氏は、日本学術振興会拠点大学交流事業のもとで開催されたセミナー(東南アジア研究所 杉原薫教授主催)に出席されるため京都ご滞在中に不幸にも急逝された。氏は、タイ経済学のリーダー格であり、タイの開発や産業化について批判的な論考を著わしてこられた。本書は、1994 年から10 年間にわたり印刷された論考と、2点の未刊行論文を収録している。まえがきを杉原教授、序文を氏の先輩であり盟友のパースック・ポーンパイチット教授に寄稿していただいた。全編を、クリス・ベーカーが編集した。全体としてタイ経済がNIES と称されるのは、時期尚早であったこと、1980 年代のタイにおける経済改革政策は、不均等な成長や農村部の貧困を助長し、問題解決をもたらしえなかったと論じている。
詳細
近代タイ経済の歴史に関する書物や論文は多くはない。まして産業化にかかわるものは片手で数えるほどである。最新のリチャード・F・ドナー(2009 年)と末廣昭(2008 年)の業績は、タイの開発に関して東アジア諸国との比較の視点から言及している。両者とも産業化を貧困からの脱出としてとらえ、経済的な不均等にはほとんど言及していない。本コレクションはその意味で非常に時宜に合ったものである。第1に、筆者はタイの産業化に関して長期的かつ広い視野で論じている。第2 に、東アジア経済に関する大量の文献と格闘し、これらを東南アジアの視点から位置づけている。第3 に、彼は新制度経済学に早くから傾倒し、既存の理論を補完して適用している。第4 に1990 年代初期にすでに、彼は世界銀行によるタイのNIESとしての位置づけに疑問を抱いており、それを理論的・実証的に検証している。第5 に、他のどの経済学者よりも的確にタイの現在の危機をレント・シーキングと収入の不平等に由来するものと指摘している。本書のもっとも強力な2 編が、まさにこの点を論じたものである。
タイの多くの研究者と同様に同氏は、あまりタイの外で研究を発表してこなかった。国際的な動向は広く読み、把握していたが、本人の活動は大学での教鞭、学術誌の刊行、タイ語による実証研究を中心とした研究発表が中心であった。彼の業績は、彼が参加した国際会議などでその発表を聞く機会のあった人々には高く評価されているが、広く知られていたわけではなかった。この論文集は、近代タイの経済史と経済分析への大きな貢献である。彼は常により広く地域の経済動向を理解するためにタイの事例から学ぼうとしたように、本書は、東南アジア全域を比較の視野から理解するうえでも大きな貢献となる。タイの経済のみならず、地域の経済に関心をもつ研究者に広く読まれるべきである。
姫路城にて(ソンブーン・シリプラチャイ元タマサート大学経済学部教授 写真右側) |