- 研究代表者:伊藤未帆(東京大学・東アジアリベラルアーツイニシアティブ)
研究概要
本研究は、冷戦期ベトナムにおける、普遍主義としての社会主義理念と固有の社会的文脈の関わりを、ジェンダー政策の策定と実施過程の分析を通じて明らかにするものである。社会主義的近代化の一環として掲げられたジェンダー平等と女性の社会進出政策は、家族や性役割をめぐるベトナムの「伝統的」価値規範とどう折り合いをつけながら策定され、実施されていったのか。この問いを明らかにするために、本研究では主として1945 年〜80 年代にかけてのベトナム民主共和国、ベトナム社会主義共和国の官報を史料としながら、社会主義ベトナムにおけるジェンダー政策を体系的に調査・分析する。
詳細
本研究は、社会主義国家建設期のベトナム社会におけるジェンダー政策の策定と実施過程を、社会主義理念の「土着化」プロセスとして描き出すことを目的とする。
植民地支配からの独立と自前の国家建設を目指して戦ったベトナムでは、男性の戦争動員による労働力不足を補うため、短期間での女性の社会進出政策が不可欠となった。本研究では、この時期に行われたジェンダー平等と女性の社会参加をめぐる政策文書を体系的に調査・分析し、伝統的な家族規範の中に生きてきた女性たちを、どのように家の「外」に出し、(一時的にせよ)社会の中心的な担い手に仕立てあげていったのかという点について明らかにしたい。
本研究は、これまで十分に明らかにされてこなかった、社会主義ベトナムにおける「圧縮された近代」化の特徴を、ジェンダー研究の観点から描き出そうとする試みである。これにより、東・東南アジア地域の「圧縮された近代」をめぐる議論に新たな視角を付け加えると同時に、さまざまな社会規範の中に置かれたベトナムの女性たちの主体性に着目し、彼女たちが急速な社会変化に対応していく過程を明らかにする。
本研究の実施により得られた成果については、これまで申請者が継続的に実施してきた、女性の学歴取得と地位達成をめぐる認識や実践に関する聞き取り調査での成果等と組み合わせて複合的な分析を行うことで、伝統と近代のはざまで暮らす女性たちの社会的地位達成をめぐる加熱と冷却についての議論を発展させていくことが可能となる。
メコンデルタを「漕ぐ」女性たち(2014 年8 月撮影、撮影地:ベトナム、ミトー) |
女性はその「手」で明日をつくる(2014 年8 月撮影、撮影地:ベトナム、ホアビン) |