- 研究代表者:千田沙也加(名古屋大学・大学院教育発達科学研究科)
研究概要
本研究の目的は、ポル・ポト政権期後であるカンプチア人民共和国期(1979~89 年)の政権が発行していた機関紙『カンプチア』において、社会主義の理念を反映した教育の理想像が、いかに表象されたかを明らかにすることである。新政権はポル・ポト政権期後の新たな国民国家の形成という、同時期の東南アジアの社会主義国においても固有の文脈にあった。そこで本研究では国民の形成に関わりの深い教育分野に着目し、理想とされた教育方法と国民像に焦点を当てて検討を行う。本研究目的を明らかにするため、東南アジア研究所図書室にマイクロ資料で蔵書されている機関紙『カンプチア』を中心とした史資料の調査・分析を行う。
詳細
カンプチア人民共和国期の新政権はポル・ポト政権期後のカンボジアで、ベトナム、ビルマ、ラオスと同様に社会主義国を標榜した。しかし、カンボジアにはポル・ポト政権期後の荒廃からの新たな国民国家の再建という固有の文脈があった。そして国民の形成に重要である教育分野では、ポル・ポト政権期における知識人の虐殺や教育制度の停止により多くの子どもたちが教育経験を欠如した困難な状態に陥っていた。そこで本研究では政権が社会主義の理念をいかに利用して国民の形成を試みたのか検討を行う。具体的には、この時期に政権が刊行していた新聞メディアとしての機能をもつ唯一の機関紙である『カンプチア』の記事から、理想的な教育現場のあり方を含めた教育方法について、そして教育によって形成される国民像に求められた資質に関する情報を収集し、1)国際レベル、2)国レベル、3)地域レベルに分けて整理し、観念的な理想像から定着の構想まで検討できればと考えている。
申請者は平成26 年度に、機関紙『カンプチア』の分析を行っており、その際には、教育再建期としてカンプチア人民共和国期の前半5 年間に着目し、基礎教育課程に限定して記事を検討し、教育が国の正常化の指標として位置付けられていたことを明らかにした。今回は、これまでの成果を踏まえた上で、より具体的に社会主義の理念と教育分野との関係に迫りたいと思う。まず対象の幅を広げ、カンプチア人民共和国期10 年間を対象とし、基礎教育課程に限定しない教育分野に関する言述とイメージを検討する。
これまでの多くの先行研究で見落とされてきたカンプチア人民共和国期の教育再建をカンボジアに固有の社会主義との関わりから位置付けなおすことで、東南アジア現代史における社会主義の解釈に新たな知見を提示することが本研究の成果として期待される。
農村部の中学校 |
地方都市の小学校 |
ベトナムの少数民族への教育の様子 (出典)新聞 『カンプチア』1982 年9 月2 日 |
コンポンソム州のある授業風景 (出典)新聞『カンプチア』1980 年32 号 |