- 研究代表者:石橋弘之(早稲田大学・人間総合研究センター)
研究概要
本研究では、カンボジア西方にあり、タイと国境を接する森林地域、カルダモン山脈を対象に、19 世紀から20 世紀中頃にかけて、特産の交易品カルダモンの産地が形成された過程を明らかにする。カルダモンの産地の形成過程を、フランス人民族植物学者 Marie A. Martin は、植民地史観と本質主義に基づいて解釈してきた。本研究は、この解釈を、カルダモンの産地と外部社会との関係の変化を踏まえて再考する。特にカンボジアの政治体制が伝統的王権から植民地体制へと移行した近代の歴史的文脈と、カルダモンの産地を開拓してきた人々が移住先とした現場の生活の文脈から、その産地の形成過程を再考する。
詳細
カンボジア西部のタイと国境を接するカルダモン山脈は、カルダモンを特産の交易品としてきた地域として知られる。そこに暮らしたモン・クメール系ペアル語派の少数民族の人々は、19 世紀の植民地期前後には、カルダモンを、カンボジアおよびシャムの王に貢納してきた。
カルダモンの産地の形成の歴史を論じたフランス人民族植物学者 Marie A. Martin は、植民地史観と、本質主義に基づく立場から、産地の開拓は、13 世紀の「古代」に始まり、開拓者は産地に移住する前にアンコール地域にいたと考える見解を強調した。
本研究は、19 世紀から20 世紀中頃にかけて、カンボジア中央部の政治体制が、伝統的王権から植民地体制へと移行した後に、国民国家として独立した近代の歴史的文脈をふまえる。そして、カルダモンの産地を開拓した人々が移住先とした現場における生活の文脈から、産地の形成過程を再考する。具体的には、カルダモンの産地の形成を、開拓の伝承、栽培による産地の拡大から検討し、その生産に関わる制度の形成を、国家制度と現場の指導者に関わる側面から検討する。
カンボジア研究は、国家の担い手とされてきた多数派民族クメールが主に住む中央部の研究と、国家の周縁にあるとされてきた少数民族が住む山岳森林地域の研究は別々に進められてきた傾向があり、双方の地域の関係は、中心と周縁の二項対立や、政治的対立に還元されてきた。
本研究は、国境と接する山岳森林地域を対象としつつも、政治経済の中心地にある中央部を対象とした先行研究も参照することで、地域間関係の歴史から、カンボジアの地域と歴史の総合的理解に向けた知見を提示しうる。さらに、タイ国境に位置する対象地の立地をふまえて、タイとの関係を含む、より広い東南アジア世界に位置づけた地域研究、歴史研究への展開が期待される。
乾季に開花するカルダモンの花(2010 年2 月) |
雨季に熟するカルダモンの果実(2010 年7 月) |