VI-4.「カンボジア・ラオス・ベトナム国境周辺山地民の感性論に向けての文献調査」(平成30年度 FY2018 新規)


  • 研究代表者:井上 航(国立民族学博物館)

研究概要

本研究は、過去100 年ほどの研究文献から、カンボジア・ラオス・ベトナム国境付近の人々をとりまく文化的・歴史的な広がりのなかで感性と共同性の関連を探る。申請者はカンボジア北東部のクルンの音楽・音響的営為について研究してきたなかで、人間と動植物や精霊などの他者との共生に関心をもってきた。この関心から、感性論的な視点で共同体というものを捉えなおそうと構想している。当該地域の多くの人々は「山地民」とされるが、それは感性や共同性にかんする本質的な括りにならないため、民族や山地・平地の別をこえた広がりのなかで問題を捉える必要がある。

詳細

多様な属性を持つ人間のあいだ、あるいは、人間以外の他者とのあいだの共生を考えるために、上記地域における自然村の共同体の歴史・文化的な特徴を把握することが本研究の目的である。

共同体については、従来のように制度や規範や自己表象から接近するのでなく、人々が何に親近感や忌避感をもってきたかという視点から接近する。共同体は、身近な人や場所につながりを感じるような情動的な関与の態度からなる環境として眺めることができる。本研究における感性論とはこのような視点をさしている。当該の人々においては、人間関係の不和や健康への不安が、自然現象や森や水源やその他の精霊に関連づけられるが、それは人々の生態学的環境に対する情動的な関係を示唆するものと考えられる。こうした擬人化された作用や力も人々における共同体の構成要素をなすだろう。このようなものの感じ方は近年変化しつつあるが、本研究は、現状や将来展望よりもむしろ感性の歴史的な基層を重視する。

文献探索は2 つの課題からなる。第一には、地域の歴史にかんする近年の議論との接点を探ることである。とくにJ. スコットの「ゾミア」論以降の山地民社会論に注目し、感性と共同体の関連を問う視点がどのように現状の議論に接続しうるかを考える。第二には、感性と共同性の関連が具体的に読み取れる記述を広範囲に探すことである。山地民・平地民の区別にかかわらず、フランス植民地時代から現代までの一般の人々の生活世界の厚い記述(とりわけアニミスティックな)を探す。ただし、これにかかわる文献の多さを考慮すると、1 年の期間内に達成しうるのは、吟味すべき記述の所在に見通しを得ることにとどまる。

山地民・平地民の2 つの範疇も、アニミズムも、歴史・文化的な偶然のなかで構築されてきた身体と身体の関係や、身体と環境の関係として眼差される。そこから感性と共同体の相互関係の一端が示されるはずである。


カウベルをつくる少年たち(カンボジア、ラタナキリ州、2014 年)

稲の畑でのゴング打奏(カンボジア、ラタナキリ州、2014 年)