- 研究代表者:金 孝珍(早稲田大学・大学院文学研究科)
研究概要
インドネシア南東スラウェシ州に属するブトン島には、2009 年から民族語の表記と教育に朝鮮語の文字「ハングル」を使う少数民族集団「チアチア・ラポロ」(以下「チアチア」)がいる。本研究は、海を渡ったハングルが、ブトン島に借用文字として根を下ろした過程と、チアチアにもたらした影響を明らかにするものである。更には、チアチアが自ら語る民族の起源と歴史についての記憶(メモリ)の隙間を埋めていく作業、つまり史料を使って彼らの民族史の語りを後付けていくことを目指す。
詳細
本研究は、バウバウ市・ソラウォリオ郡に住む言語的/民族的マイノリティ「チアチア」を対象とする。彼らは、2019 年をもってハングル借用による民族語教育 10 周年を迎えたが、これまで「チアチア・ハングル」(チアチア語に適用されたハングル派生の文字体系)は、言語学者や文字史学者の間では文字そのものとして、政治学者にとっては近現代政治史における地方自治分権現象の副産物としてそれぞれの研究対象となってきた傾向にあり、文字導入がチアチアの村にもたらした様々な正負の影響などの、チアチア・ハングルの社会文化的な役割に焦点を当てた研究はほとんどない。
本研究の学術的意義は、チアチアのハングル使用を単に言語学的・文字史学的に分析するのではなく、文化の問題として捉え、導入の背景、過程、影響をチアチア社会の変化/変容と関連付けて論ずることである。そこで、期待される成果としては、かつてブトン王国の奴隷階層に属していたという自分たちの「封じられた過去」を克服して「自ら語りはじめる」チアチア・エスニシティの「再建」もしくは「再構築」の活動をより詳細に検証するという点が挙げられる。チアチアの人々が無意識的に持ったブトン島歴史におけるマイノリティとしての抵抗意識を探ることができるのであれば、偶然出会った外来文字のハングルを媒介に民族語を継承しようとする彼らの願望の基底にあるものに一層近づくことができると考えるからである。
チアチア・ハングルを使って民族語を学ぶ小学生の姿 (ソラウォリオ郡カルヤバル小学校にて。2020年2月8日筆者撮影) |
チアチア・ラポロを宣伝する壁画の一部 (ソラウォリオ郡カンプン・コレア Kampung Korea にて。2020年2月27日筆者撮影) |