VI-2.「仏領インドシナにおける植民地文学──ベトナム語作家カイ・フンを中心に」(令和3年度 FY2021 新規)


  • 研究代表者:田中あき(東京外国語大学・大学院総合国際学研究科)

研究概要

本研究は、作家カイ・フンのテクストを中心に、ベトナム語で書かれた植民地文学を扱った数少ない研究であり、当時の新聞各紙に掲載された記事や連載小説および短編に描かれた、植民地期→ナショナリズムの高揚→インドシナ戦争勃発までの極めて複雑な社会の諸相を読み解こうとするものである。研究を進めるにあたり、国内では当時のベトナムの社会・歴史・政治等を論じた文献の収集が不十分であるため、これらを東南アジア地域研究研究所の図書館にて集め、本研究を発展させていく。

詳細

1930~40 年代に、ベトナム北部で大きな存在感を発揮した自力文団の主幹メンバーであるカイ・フンだが、既存の研究おいては、ロマン主義/リアリズム、ブルジョワジー/プロレタリアート、個人主義/全体主義などの二分法でもって論じられ、こうしたどちらかの結論に追い立てる性急さを伴ったカイ・フンの評価は、正当な評価とは言い難い。本研究は、1947 年にベトミンに粛清され、現体制下のベトナム文学史から無視されてきた、カイ・フン文学の魅力と、その重要性を明らかにしていく。

本研究を進めていくなかで、フランス植民地期→日本軍進駐期→独立宣言→インドシナ戦争勃発の過程において、こぼれ落ちた歴史の現実が垣間見え、当時の具体的な社会的・植民地主義的状況、青年知識人の心理、小説家というある意味客観的見地から眺めたナショナリズムの高揚と独立闘争など、現在ベトナム国内で流通している既存の資料とはまた別の角度から見た当時のベトナムの諸相が明らかになる。さらに、厳しい言論統制下で鍛えられた、検閲を潜り抜ける戦略としての寓意の手法が見いだされ、それらを解読することで、カイ・フン文学の新たな読みの可能性が呈示される。また、各地域の植民地文学との横断的研究を進めるにあたり、「仏領インドシナにおける植民地文学」という一材料を提供していく。

 


カイ・フンの晩年の短編が掲載された週刊『正義』。コピーを数回重ねたもの。

米国のニャット・リンのご子息の家で保管されていたカイ・フンの写真のコピー