The Nippon Foundation Fellowships for Asian Public Intellectuals


Mami Nakamura 中村 真珠

中村 真珠

Mami Nakamura
中村 真珠


ひなの会 農作部
代表/コーディネーター

プロジェクトのテーマ

地域/国際開発支援および開発教育における外部者の役割:アジアのコミュニティ交流のネットワークから学ぶ

プロジェクト概要

タイのバンコクに本部を置く国際ネットワーク団体の活動から、開発支援の望ましいあり方について考察する。タイのスラム生活者自身における活動や、アジア近隣諸国とのネットワークにおける、当事者同士の経験交流"Horizontal Exchange"の可能性と限界について学ぶ。その活動を記録する映像製作についても学び、日本の開発教育に生かすことを目的とする。

研修国

タイ

自己紹介

近況

東日本大震災から約3週間後に長女を出産しました。私自身はしばらくは仕事を休職しておりますが、所属しているNGO、ピースウィンズ・ジャパンは震災直後より現地で支援活動にあたっております。

私も仕事でお世話になっていた農家の方々が被災され、今後の支援方法など考えているところです。スマトラ沖地震・大津波の際の光景を思い起こさせる信じがたい大災害に、心を痛めています。動くことはできずもどかしいですが、まずはこの小さな命をしっかりと育てあげることに専念したいと思います。

現在は、在住の広島県に関東や東北から自主避難してきている家族の支援・交流活動に関わっています。大きなことはできませんが、一母親としてできることとして、細く長く続けていきたいと思っています

API活動後

2004年3月に帰国後、活動の学びを深めるため上智大学大学院地域研究専攻に進学しました。そして、2006年12月26日のスマトラ沖地震・津波が起こり、被災したタイ南部の様子をメディアの報道で見ているうちに、なかなか伝わってこない地元の人びとの生活が気になり、現地へ飛びました。この時に、API活動中に築いてきたタイ国内のネットワークが活きたのです。仲間たちは迅速に動いていました。彼らに直で連絡をとることにより、スムーズに動くことができました。また、日本に帰国後もタイから来たフェローと共に過ごし、わたしとタイとのつながりは切っても切れないものになりました。

タイに住み活動していくなかで都市と農村の関係性について考えるようになり、わたしが一番知りたかったのは、いかに地域に根ざした暮らしができるかというところだったと気がつきました。そしてそれは、途上国先進国問わず、日本国内でも同じことだったのです。むしろ、自分は日本の都市で生活してきて農村社会を全然知らないことに気がつきました。実態を知るには、自分の足で歩き、自分で見聞きすることが一番です。そこで、日本の農業系出版社に就職し、50CCの原付で日本全国の農村を回り、農家から聞書きをし本を届けるという仕事を経験しました。まさに北海道から沖縄県までの農村を転々とし、それぞれの地域、村に独自の言葉や郷土食、人柄があるのを実感しました。その後、縁あって現在は再び国際協力NGOの地方事務所に勤務しています。東ティモールのフェアトレード・コーヒーを広める他、“国内フェアトレード”として、日本国内の過疎集落などの農産物を適正価格で取引できるような仕組みづくりに携わっています。

関心の所在と活動内容

わたしのテーマはタイの貧困者層の居住環境改善であり、なかでもタイ国内で当事者自身による問題解決を支援している組織、Community Organizations Development Institute(CODI)の働きを知ることでした。もともと途上国の内発的発展における当事者と外部者の関わり方に関心がありました。そこでCODIの広報部映像担当にインターンし、タイ農村部に出かけ各地のコミュニティでの住民自身による活動や居住環境改善の変化などを映像に記録していきました。そのなかで、いかに当事者と利害関係者らが歩みよって問題解決ができるように導くか、同じテーブルにつき冷静に話し合いができるようにうながす外部者の役割を学びました。また、バンコク周辺部に位置する小さなコミュニティに着目し、住民のひとりの生活や環境の変化を映像に記録し、ひとつの映像作品("Klong Lumnoon Community")に仕上げました。この活動をしていく中で、タイ国内外に築いたNGO関係者らやコミュニティ住民との絆が、わたしの財産になりました。