The Nippon Foundation Fellowships for Asian Public Intellectuals


Inuhiko Yomota 四方田 犬彦

四方田 犬彦

Inuhiko Yomota
四方田 犬彦

京都造形芸術大学
客員研究員

映画研究者

プロジェクトのテーマ

インドネシア、タイにおけるローカル映画の研究

プロジェクト概要

インドネシア、タイ両国におけるローカル映画、特に、メロドラマ、怪奇映画、怪獣映画に焦点をあてた調査の実施。国民のイデオロギー的側面とアイデンティティ構築における役割について分析し、南アジア映画の地域の特有性及びグローバルな内容への発展性について研究する。

研修国

タイ・インドネシア

自己紹介

わたしの専門は映画史です。これは子供のころからの映画好きが嵩じて、ついにそうなってしまったというわけです。明治学院大学文学部芸術学科で教授として、「世界の巨匠26人」とか「大島渚と日本映画の1960年代」とか、そういった授業をしています。一年に一度シンポジウムを開催し、これまでは「溝口健二生誕100年」「日本映画は朝鮮・韓国人をどう描いてきたか」「若尾文子」「山口百恵」「東アジア映画におけるホモソーシャリティ」「日活アクションの栄光」といったテーマを手掛けてきました。

本来、大学で専攻したのは宗教学でした。日本の新宗教のもぐりこみ調査に従事していました。大学院では比較文学で修士号をとりました。これは18世紀にアイルランドでスウィフトが執筆した『ガリヴァー旅行記』を、古代ローマから現在にいたる戯作文学の系譜の上で、その文学的価値を検討するというものです。どうして映画ではないかって? 1970年代には、日本の大学に文学史や美術史はありましたが、映画史などとうてい学問だと認められておらず、そもそもそれを教える先生がいなかったからです。

大学院を出ると、ソウルにある建国大学に、日本語教師として就職しました。帰国後、東京で韓国映画の連続上映を企画したり、TVで映画解説をしたり、新作の映画評を雑誌に書いたり、とにかく映画に関することならなんでもしました。映画史を大学で教えるようになったのは1990年からです。といっても入門書も教科書もありません。そこで『映画史への招待』(岩波書店)と『日本映画史百年』(集英社新書)を書き、それを今でも用いています。映画関係では他に『アジアのなかの日本映画』(岩波書店)とか『映画女優 若尾文子』(みすず書房)『ブルース・リー』(晶文社)といった本を出しています。

わたしはおよそ映画が制作されているところなら、どこにでも行きます。ボローニャには、イタリア映画のパゾリーニ監督の研究で留学しました。ピョンヤンは、朝鮮の国民的メロドラマである『春香伝』の資料収集に行きました。香港はほとんど毎年、映画祭に出かけています。ですからバンコックとジャカルタに滞在したいというのも、もっぱら現地の映画を観たい、監督や制作者に会いたい、観客がどのように映画を愉しんでいるかを知りたいということに尽きます。タイ映画でわたしが注目しているのは、怪奇映画です。国民統合のイデオロギーとしての仏教が、それにどう関わっているのか。同じ女性吸血鬼の物語でも、マレーシアやインドネシアといったイスラム圏のフィルムでは、扱われ方がどう違うか。怪獣映画はどうなのか。南アジア映画についていうと、世界中の映画祭を廻ってくるインテリ向けの「芸術的」フィルムは、日本でもいくつかは観ることができますが、B級、C級の大衆娯楽映画はその土地にいかないかぎり知ることができません。これは日本のクロサワは国際的に有名ですが、その陰に無数の時代劇があり、それが歌舞伎や新派、新国劇と密接な関係をもっているのと同じ理屈です。今回のわたしの研究の目的は、直接的には南アジア映画についてのシリアスな書物を執筆することです。けれども最終の目的は、アジア映画全体の類型学を樹立し、それがハリウッドといかに異なっているかを明確にすることです。

わたしは2013年度芸術選奨文部科学大臣賞を、著作『ルイス・ブニュエル』とこれまでの映画史的貢献によって受けました。現在は東アジア、東南アジアの映画史的文脈のなかで日本映画を再検討する作業に関わっています。