熱帯プランテーションの鳥類調査紀行 藤田 素子

熱帯プランテーションの鳥類調査紀行

藤田 素子(京都大学 東南アジア研究所)

 私は、2007年にはじめてインドネシアのプランテーションで鳥類の調査をはじめた。研究テーマはアカシアプランテーションにおける鳥類の多様性に関する研究で、生存圏研究所でアカシアについての共同研究がはじまっていたパレンバンのM社で行うことになった。産業造林地は生物多様性の減少が問題になっており、どういう管理をしたらよいかを提案することが私に求められることだった。それまでは日本で調査をしていて、インドネシアという国はまったくの初めてである。インドネシアを知る人にはその大変さと魅力を教えられ、わくわく感が70%、不安が30%で降り立ったジャカルタは、なんともいえない魅惑的な香りがした。後でそれはグダン・ガラムの煙草の匂いだったと知る。

 ジャカルタから飛行機で1時間のパレンバンは、その昔スリウィジャヤ王国が栄えた町で、現在は各地で採れる原油と村人が行っているゴム園、そしてパルプチップ用のアカシアプランテーションが主な産業である。パレンバンから車で4~5時間かけてM社の現地のキャンプに到着する。このM社から始まり、2010年にはリアウ州の泥炭地にコンセッションをもつS社で東南アジア研究所の共同プロジェクトにも参加するようになった。マレーシアのコンセッションではまだ調査を行っていないが、インドネシアでの経験について書くことで、植林・伐採企業で仕事をする際に少しでも参考になればよいと思う。

会社の協力と調査許可
 パレンバンのM社とリアウのS社の協力体制には共通点と相違点があって、会社の方針を知るうえでとても興味深い。会社からお金をもらって調査をするわけではないので、調査への理解と協力を得ることはどちらも大変だが、それにも色々なバリエーションがある。

 M社では3年任期で社長が代わるので、社長の意向で調査の可否が変わってくる。例えば私が始めたころに社長だったS氏は鳥の調査に非常に協力的で、ついには忙しい時間の合間をぬって調査に一緒に来て、双眼鏡で綺麗な鳥をみて感動していた。しかし彼の後は、生物多様性は産業活動を否定し、企業の経営に関係ないどころかマイナスである、との認識に変わる。とはいえ、調査後の説明が十分ではなかったことはひとつの要因であるので、頻繁な訪問と報告をして「誠意を見せる」ことで、状況は変わったかもしれないと今は考えている。また、印象的だったのがS氏の「鳥は綺麗だからよいけど、シロアリの多様性はちょっと…」という言葉だ。生物多様性は、すべての生物が対象であると生物学者は思っているが、一般社会はそうではないと知った瞬間であった。実際、会社だけでなくNGOなどでも、例えばスマトラトラの扱いとミミズの扱いは大きく違う。生態系内でのミミズの働きは非常に大きいのだが、それで寄付金をとることはできないだろう。「ミミズのいる森を守ろう」よりも「トラのいる森を守ろう」のほうが魅力的に聞こえる。

 一方S社の調査許可は、比較的簡単だった。彼らは生物多様性を企業の戦略のひとつに掲げており、そのために一部のコンセッションを生態系保全コア地域に指定している。だから、生物多様性調査、それも大型哺乳類と鳥類の調査をコア地域でやってくれるなら願ってもないことだった。特に「モニタリング手法の開発」を前面に出したことも、受け入れられやすかった理由かもしれない。

 もうひとつ、プランテーションの調査研究で足止めになったのは、地図がなかなか手に入らないことである。M社では、林齢の書かれた林班図は持ち出し厳禁である。その年の生産量が推定できてしまうからである。そのため、自分で作るしかない。これが、衛星画像を使ってリモートセンシングによる土地利用分類を勉強するきっかけとなったが、かなりの時間がかかることは否めない。一方S社では、あっさりと林班図のコピーを許可してくれる。なぜこうも違うのか、いまだにわからない。

 また、従業員の働きかたにも、大きな違いがある。M社では家族が遠隔地に住んでいるひとが多いこともあって、10日働いたら4日休みを取るシステムで、会社では毎日誰かが仕事をしている。そのため、ほぼいつでも調査をすることができる。いっぽうS社では近所に住んでいるひとが多いのか、平日働いて土日休みというひとが多い。休みをためて長めにとることもできるようだが、土日はオフィスに行っても誰もいない。はじめはそれを知らずに調査をしたいと申し出たら、「土日は従業員は休みである」と断られる。びっくりして「では私たちだけで行きますので結構です」というと、「誰かひとりはかならずつける決まりである」とそれも断られる。ちなみに鳥の調査は朝早く(6:00頃から)行うのがよいが、「従業員の仕事は8:00から16:00までである」とまた断られる。八方ふさがりである。その後議論を重ね、彼らの上司からのレターがあれば、土日に調査にいくことを「業務」として認められる(つまり代休を取れる)ことがわかり事なきを得たが、早朝の調査はどうにもならなかった。なお、別のプロジェクトになるが、カリマンタンの伐採会社であるK社では一年間のうち祝日以外は仕事日であった。ここは町から車を3台乗り換えて11時間かかる僻地であるためか、家族も一緒に住んでいることが多いようだ。早朝の調査も問題なく、あるときは5時発17時帰宅ということもあった。従業員の仕事・生活の違いは調査を円滑に進めるうえで、まず確認するべきところだろう。
S社でのミーティング風景 / Discussion with the staffs of Company S
 最後に、文理融合を掲げるプロジェクトの場合、社会系の研究者がプランテーションや伐採会社で調査を行うことがネックになることがあるが、それについても企業によって大きく方針が異なるようだった。2008年にはグローバルCOEプロジェクトの一環として、文理融合フィールドワークを行うための地域探しがはじまった。共同研究が続いていたM社はその第一候補であった。理系に関しては問題が少なかったが、文系による土地紛争や地域住民の生業などに関しては、よい顔をしない。スハルト政権後の混乱で土地の問題はねじれてしまっているために、M社は常に地域住民と強い緊張関係にあるのだが、海外の研究グループの数度にわたる介入によって関係が悪化し、社会系の調査研究に対して不信感をもっていたためらしい。いっぽうリアウのS社に関しては、積極的ではないものの文系の調査を許可しており、それがS社での共同研究プロジェクトを推進することになった。彼らが社会系の調査に寛容な理由はよくわからないが、環境NGOからもしばしば批判されるので対応に慣れているなど、大企業であるゆえの余裕がみえる。ちなみに前述のカリマンタンK社の方針は、むしろ積極的に地域住民との軋轢について調査を行ってほしいという、珍しい対応を見せている。この企業はFSC認証を取得しているので、認証の更新のためにこういった調査の実績が必要なのではないかと思う。

悩みの種:謝金
 いつでも頭が痛いのは、謝金などお金に関する問題だ。グループで調査をする場合は事前に決めておくと混乱が少ないけれど、それでも初めに決めるときがとても重要だ。予算に余裕があるのならたくさん出せばよいと思いがちだが、そうでもない。よく言われるのは、レートを上げてしまうと後に入る別のグループへの謝金も上がってしまうというもの。地元の研究者に意見を聞いて支払うのが無難なやりかただろう。  謝金関係では何度か大変な思いをしたが、なかでもややこしかったのがオーバータイムである。オーバータイムというのは、私の当初の理解では「標準の仕事時間である7:00から16:00を超えた場合に、1時間単位で支払うもの」であった。そのときの鳥の調査は6:00出発、18:00帰宅だったため、調査にでかけるときは1日だいたい2~3時間のオーバータイムがある。とはいえ2か月間毎日調査をするのもしんどいので、2週間に1度くらいは数日休むスケジュールにしてあった。ドライバーやM社のスタッフとの最初の打ち合わせで、オーバータイムを支払うからね、1日だいたい2時間程度になると思う、と約束した私は毎日せっせと出発と帰宅の時刻を記録し、調査を終えた日にその表を見せて「これだけのオーバータイム料金をお支払いします」と伝えた。だいたい50万ルピア(5千円程度)だったと思う。ところが相手の計算では、その3倍程度になっていた。オーバータイムだけで彼らの1か月の給料の1.5倍である。驚いた私はどういう計算をしたのか問いただすも、彼の説明は意味がわからない。 1時間の単価も私の理解よりも多いうえ、日数も2倍くらいだ。つまり、休みの日であっても、まったくオーバータイムのない日でも、計算にいれているようなのである。インドネシア語の説明も正確には理解できないので、だんだん険悪な雰囲気が漂ってくる。しかも私の予算は底をついていた。

 この状況を打開してくれたのは、優秀な社長秘書のMさんだった。彼女は私の理解が甘かったことを教えてくれる。「フジタさん、オーバータイムというのは労働法で決められている計算方法に従うものなの」「だから彼の計算が正しいよ」彼女は複雑な計算方法を丁寧に説明してくれる。要約するとこういうことだ。
(1) 拘束している一定期間オーバータイムを払うという約束をした場合は休みの日も含めて計算する
(2)1日2時間のオーバータイムを払うと約束した場合、はじめの1時間の単価をXルピア(実際は1か月ぶんの給料の173分の1)とすると、2時間目からの単価はAXルピアになる(Aは1.5倍くらいだったかと思うが、忘れた)。
 こういった法律がある場合、私の立場は圧倒的に弱い。そこでMさんはレンタカー会社のボスのところに出向いて状況を説明し、「彼女はインドネシア語もできない可哀そうな外国人で、しかもビジネスでここにいるわけではないので、許してあげてほしい」と訴え、私が払おうとしていた金額より多い分をボスが払うということで決着をつけた。Mさんには本当に感謝している。それ以来、オーバータイムの計算をどうするか、必ず事前に確認するようにしている。

ことばについて
 異国の調査では、言葉をしゃべれることはかなり重要である。とはいえ、理系の調査だったら、よい通訳がいれば必要ない。それでもしゃべれるほうが、楽しいし、便利である。最初はそのくらいに考えていた。しかし「しゃべれないと困る」という事態に陥るとは、そのときは思いもしなかった。2007年、M社での調査第一回目はきわめて順調に進んだ。Terima kasihしかしゃべれない私は、英語でコミュニケーションをする必要があり、現地のスタッフで英語が堪能な若い女の子をつけてもらって彼女を通じてすべての調整を行っていた。彼女の理解力とアレンジは完璧で、私はほとんど何のストレスも感じることなく調査を終えた。しかし第二回目に行ったとき、優秀な彼女は留学のため会社を辞めていた。それでも英語のしゃべれる助手をボゴールから呼んだので、私のインドネシア語力は依然として低かった(あの枯れた木の上に鳥がいるよ、くらいは言えた)けれども、なんとかなると考えていた。

 しかし、調査をはじめて1週間たったころ、レンタカーにガソリンを入れるために町に出かけたドライバーが帰ってこないことがあった。車がないと調査に出かけられない。電話をしてもつながらない。探しに行ってもらうと、なんと車は砂利道で横転し、ボコボコに壊れていた。ドライバーは無事だったが、責任を取らされるのを恐れて逃げてしまった。問題は壊れた車である。日本の常識では考えられないが、このレンタカーにはなんと保険がついていないのである!
事故を起こして壊れたレンタカー / A damaged rented car
 つまり修理代の9万円は借主と車のオーナーが半々で出すことになっていた。しかし代理人によると、オーナーは4.5万円を出すことを渋っているのだという。形勢は明らかに不利である。心優しいスタッフが見かねて間に入り、代理人と交渉をしてくれる。とはいえ色々な書類にサインをするのは私自身で、状況を正確に理解する必要があった。スタッフはゆっくり丁寧に私が分かるまで、インドネシア語で説明してくれた。今思えばあのときほど真剣に相手の言葉を理解しようとしたことはなく、短時間でかなりの単語を覚えたと思う。M社のスタッフのおかげで、私は約束通り4.5万円の修理費を支払うことで難を逃れた。念のため補足をすると、M社がアレンジするレンタカーであれば保険の問題はなかったのだが、4WDなので高かった。調査は2カ月弱で、ガソリンぬきで25万円程度の計算になる。このときは限られた予算を節約したくて、町のレンタカーやさんから安い非4WD車(2カ月17万円)を借りていたために、このような事態になった。砂利道の調査では、多少高くてもよい車を借りるべきである。

 そのかいあって、今は簡単な交渉ごとならば自分で行えるくらいにはインドネシア語が上達したが、それによる弊害もなくはない。それは、なまじ話がわかるようになってしまったため、直接色々な要求をされることである。特に多いのが、お金を貸してくれ、というものだ。子供が病気だとか、仕事を失ってしまったとか、理由は色々あるが、この場合貸した金は返ってこないことを知らなければならない。 インドネシア語で金を貸してくれはminta pinjam uangというが、言う方も返すつもりで発してはいないようなので、minta kasih uang(お金ちょうだい)と理解するべきだ。

楽しい野外調査
 企業と仕事をすることは、生態学の分野ではマイノリティである。それも、生物多様性の減少に拍車をかけると言われるプランテーションともなれば、データをどう公表するかには神経をつかう。実際、プランテーションの多様性は、天然林と比べると圧倒的に低い。そもそも生息する鳥の種類が違うのである。つまり、天然林では深い森が好きなシャイな鳥が多いが、プランテーションで多いのは開けたところが大好きな鳥ばかりである。周りが天然林ばかりで、開けたところが全くない環境だったら、相対的にそういった植生が彼らにとっての重要な生息地になるかもしれないが、今は反対に天然林がどんどん減少して、開けたところばかりになっている時代である。多くの鳥類種を保全するためには、できるかぎり多くの天然林を残すしかない。ではどうやって残すか、それは色々あるのだけど、大きな面積の天然林を保護区として囲って保全したり、大きな面積はないが谷沿いに細い林を残したりすることができる。プランテーションを批判するのは簡単だが、きちんと科学的に記録し、どうしたらよいかを考えていくことはとても大事だと思う。

 なにより、どんなに苦労しても、熱帯での調査は楽しい。早朝の鳥のにぎやかなコーラスに、ギボンの笑うような声が重なり、生き物の気配が濃厚に感じられる熱帯雨林のパワーに圧倒される。暑さのやわらいだ夕方の風は疲れた体に心地よい。さんざんたいへんな経験を述べてきたが、熱帯のひとたちをとても好きだ。色々な民族がごっちゃに生きているせいなのか、多くのことに寛容で適応的にみえる。熱帯には日本にはない何かがあって、いつのまにか惹きつけられてしまう。激しく変わりつつある東南アジア熱帯だけれども、「うるわしい」という形容詞が似合うところであってほしいと願っている。
Rufous-backed Kingfisher (セアカミツユビカワセミ)に魅せられる / Lovely Rufous-backed Kingfisher Black-capped Monarchに(クロエリヒタキ)癒される / Charming Black-capped Monarch

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