cseas nl75 図書室コレクション紹介

出版物から読み解くシャンの表象
―図書館書誌情報を使って出版状況を把握する試み―

菊池泰平(大阪大学大学院 言語文化研究科言語社会専攻 博士後期課程)

ミャンマーにおけるシャン語を取り巻く環境

タイ系のシャン語は、ミャンマーのシャン州やタイ東北部を中心に話されている。約330万人とも言われる母語話者の数に比して、その出版物は決して多くない。これはシャン語を取り巻く社会環境をよく反映している。

ミャンマー国内では、公教育の現場でビルマ語が使用される。たとえシャン州内の学校といえども、ビルマ語話者の教員が派遣されて来るため、教員とはビルマ語で話す必要がある。また、「セーダン」と呼ばれる大学進学をかけた試験(高校の卒業試験)は、ビルマ語しか用意されておらず、その習得はミャンマー国内で高等教育にアクセスするために必須である。さらなる教育や、就労機会を求める者たちは、タイをはじめとする海外へ出ていくため、英語の勉強にも熱心である。そのため、ビルマ語や英語の学習が優先され、シャン語は後回しにされてしまう。結果的に、母語話者であるにもかかわらず、シャン文字を使った読み書きは苦手というケースが生じる。

コータイが運営する学校で学ぶ子どもたち(M氏提供)

こうした事情の裏返しとして、シャン文字による出版やその出版物を使った教育は、ネイティブたちにとって、アイデンティティを次世代に繋げるために重要な活動である。例えば、シャン州において若者に対する教育活動を熱心に行っている最大級の団体として、コータイ(Kaw Dai Organization)が挙げられよう。1998年に当時バンコクにて出稼ぎ労働者をしていたサイポンコンと、サイセンパの発案によって始まったこの組織は、今や400人ほどのスタッフやメンバーを抱えるに至っている(以前はすべての関係者がKDスタッフと呼ばれていたが、2022年度に組織改編が行われ、スタッフとそれを支えるメンバーによって構成される)。

コータイは現在、カーリ(Karli)、ティーボー(Hsipaw)、レーチャー(Laihka)で3つの学校を運営し、それ以外の村にも複数の拠点を置く。コータイが運営する学校では、6歳から17歳までの子どもたちが在籍しており、シャン語、シャン史、英語、地理、数学、理科、生物、ビルマ語(初等教育およびシャン族向け、中等教育向け)などを教えている。ここを卒業すると、同じくコータイが運営するコミュニティカレッジに進学し、3年間の学修を経てディプロマの学位を取得できる。ただし、政府認可外の学校であるため、コミュニティカレッジ以外の一般大学に入学するためには、別に高卒認定試験を受けなければならない。コータイに勤務するM氏は筆者に対し、決して高いとはいえない報酬でも活動を続ける動機に関して、教育の重要性を説いた上で、子供たちが「文化、シャン文学、シャン語、本当の歴史をよく学び、しっかり英語も話せるようにさせたい」と語る。

IPCRによるシャン語文献の収集

2022年度IPCR事業での収集資料

このように少数民族アイデンティティを守り抜こうとする活動において、鍵となるのは言語である。その基本となる少数民族言語による出版は、いつ、どこで、だれによって担われているのだろうか。京都大学東南アジア地域研究研究所共同利用・共同研究拠点「東南アジア研究の国際共同研究拠点(IPCR)」の令和3年度共同研究「ミャンマーの地方社会および少数民族による刊行物の収集と出版状況の分析――草の根多元主義を考える――」(研究代表者:神田外語大学・和田理寛講師)では、少数言語による出版状況を把握するため、ミャンマーの少数民族言語、なかでもシャン語、モン語、チン語の書籍を購入した。

購入書籍の総数は620点で、すべて同研究所図書室に招来した。そのうち、49件がシャン語によって書かれた文献であった。これらに関しては、筆者が、同研究所図書室との協力のもとで書誌作成を行い、書誌データベースNACSIS-CATに登録されている。また、2022年1月には、シャン州の現地書店を通じバンコク経由で、231冊を追加購入した。こちらについては、現時点で書誌作成中であるが、同研究所図書室を通じて、書誌データがNACSIS-CATへ登録される予定である。

今回収集したシャン語資料のジャンル別の内訳は、言語が2件、文学が28件、哲学・宗教・芸術が2件、歴史・地理が2件、社会・文化・心理・教育が15件である。なかでも、フィクションや詩集といった文学、シャンの文化や社会に関するものが多い。出版地の数は、シャン州の州都であるタウンジーの12件が最多であり、ミャンマー最大都市のヤンゴンの9件が続く。この傾向は、今回収集した以外の資料にも見られ、出版の中心地はおおよそ都市部と言えそうである。また、同一著者による著作物としては、高名な作家ルンタンケー(1924-2017)によるものが最多で6件あった。

収集資料でみるシャン童話の広がり

以下では、今回収集した文献のうち、『クンサムロとナンウーペン』というシャンの童話を紹介したい。この話は、19世紀の女性作家ナンカムク(1853-1919)によって、実話をもとに1870年代ごろ創作されたとされる。ナンカムクは、シャンで高名な僧侶兼学者であるサオカムスの娘であり、「シャン文学における8人の文豪」として挙げられる作家の一人である。

ルンタンケー編『クンサムロとナンウーペン』45頁より

『クンサムロとナンウーペン』は、悲恋を描いた物語である。シャン州南部ケントン出身の青年クンサムロは、仕事のために訪れた場所で、裕福な家庭の娘ナンウーペンに恋をする。ほどなくして2人は結婚したが、しばらく故郷を離れていたクンサムロは、身重の妻を残して一時的に帰郷する。当初は、少しだけ帰郷するつもりであったが、結婚を認めようとしない母親を前に、なかなか帰ることができない。帰りの遅い夫を心配したナンウーペンは、クンサムロを追いかけて、夫の実家で暮らすことになる。ナンウーペンはたいへん美しい女性であったが、家事が苦手であったために、姑から惨めな食事を与えられるなどの嫌がらせを受ける。ナンウーペンは耐えきれなくなり、親元に帰ろうとするが、道中で産気づき、子どもを死産してしまう(子どもの遺骸は木の上に安置され、やがて鳥に生まれ変わる)。やっとの思いでナンウーペン自身は親元に辿り着くものの、帰路にかかった病気のため亡くなってしまう。これを知ったクンサムロは、深く悲しんで自死するのだが、それでもなお、二人の関係をよく思わないクンサムロの母は、並ばせて安置した二人の遺体を仕切りで隔ててしまう。しかし、クンサムロとナンウーペンは星に生まれ変わって会うことができた、とされる [1]

『クンサムロとナンウーペン』を題材として扱った収集資料の一つは、ルンタンケー氏が編者をつとめるマンガである[2](1999年出版、45頁、モノクロイラスト付、天地19㎝)。ルンタンケー氏はシャン州ナムカム出身で、高等教育を受けることはなかったものの並外れた量の出版物を世に送り出し、1940年から始まった新シャン文字の開発と教科書作成事業に召集された学者である。いま一つは、シャン童話集『34のシャンの伝承』である[3]。同書は、英領時代の1939年と40年に、タウンジーに拠点を置いていたシャン州政庁教育部門が出版した2つのシャン語テクストをまとめて再版したものである(2019年出版、200頁、モノクロイラスト付、天地24㎝)。『クンサムロとナンウーペン』は、この中の第25番に収録されている。

『クンサムロとナンウーペン』は、シャンの人々によって、詩、歌、小説、演劇などさまざまな形で繰り返し語られている。最近では、FacebookやYouTube上でも、この話を題材にした歌や読み聞かせが数多く投稿、視聴されている。シャン語出版物は、このようにシャンをめぐる表象や民族意識の広がり方、シャン語を取り巻く現状を知るために重要な手がかりとなるはずである。

しかし、シャン語による情報が、網羅的に収集、整理されていることは少ない。こうした貴重な資料を保存、公開することは、日本国内におけるシャン文化圏の研究に対して寄与するだけでなく、CiNii Booksでの書誌情報の公開を通じて、世界に向けてシャン語出版の体系を提示することにも繋がるだろう。

 

Note:

 菊池泰平(大阪大学大学院 言語文化研究科言語社会専攻 博士後期課程)