cseas nl75 所長からのメッセージ

2022年度を振り返って

三重野文晴(京都大学東南アジア地域研究研究所)

令和4(2022)年度は、コロナ禍からのゆっくりとした回復と、それにあわせてフィールド研究を基盤とする本研究所の本格的な活動再開への模索の中で過ぎました。昨年夏頃まではコロナ禍による行動制約が依然として厳しく、所員の海外出張、国内外の招へい事業、対面でのセミナー活動も限られました。私自身も、春から夏にかけては新任の所長として、部局長の職責の全体像を把握することに忙殺されました。しかし、夏休みを過ぎた頃から、各国の入国制限も徐々に緩和され、所内の活動も飲食を伴う懇親会などをのぞいては正常化がずいぶんと進みました。2023年に入ると、5月の政府ガイドラインの緩和予定を念頭に、従来のような和やかな対面での会合が再開していく一方で、多数の所員が海外調査に出かけて所内が閑散としてしまうという普段の悩みがもどってきました。私も昨年夏以降、久しぶりに3回の海外出張を行うことができました。

コロナ禍を経た世界は、たとえこのまま回復を果たしたとしても以前とは異なる様相で展開していくことが、もはや明らかになっています。2010年代までは当然と信じられてきた国際協調や自由貿易が分断と統制に急速にとって代わられ、一方で社会のデジタル化が世界中で例外なく加速し、それが世界やアジアにおいて人々の生活のみならず、政治、経済の構造までも変容させつつあります。このような変調は、対象地域の学術界や社会との連携が欠かせない地域研究にとって渡航や現地調査が以前よりも難しくなる状況をもたらしています。また研究アプローチの面でも、データ科学の本格的な活用など専門分野の知識との連携がますます重要になることは明らかで、地域研究に変革を迫っています。われわれは、新しい環境がもたらす新しいチャレンジに臆することなく取り組んでいきたいと思っています。

本研究所では、これから5年程度、研究者人材の入れ替わりや補充が急ピッチで進んでいきます。今年度4月には、水中生物音響学を専門とする木村里子准教授と、公衆衛生を専門とする山田千佳助教が着任されました。山田助教はGYSF(Global Young Scholars into the Future)プログラムによる着任です。Michael Feener教授の指揮するMAHS(海域アジア遺産調査プロジェクト)では継続的に海外特定研究員の着任が続きました。一方で、国際高等教育院(ILAS)の教育を担当していたJulius Bautista准教授が9月末にシンガポール国立大学に転出され、また今年度末に情報学の分野で本研究所を長く支えてくださった原正一郎教授が定年退職を迎えます。これに対し、来年度には4月にフィリピンとイランから白眉プロジェクト特定助教2名と国内から機関研究員1名が着任し、さらに准教授、ILAS担当准教授、GYSF助教のリクルートのプロセスが今年夏頃の着任に向けて進んでいます。こうした人材の流動化、補充の中で、われわれは教員・所員の専門分野、性別、年齢、出身国・地域のダイバーシティを特に大事にしていきたいと思っています。本研究所のここ10年の経験で、ダイバーシティがもたらす「常識の多元化」こそが、研究と研究所組織の活力の源泉であることを確信しているからです。

今年度から国立大学では6年間の中期目標・中期計画期間が新しく始まり、これまで本研究所で二つが併走していた共同利用・共同研究拠点事業が「グローバル共生に向けた東南アジア地域研究の国際共同研究拠点」(GCR)に統合されて再始動しました。また5年間を予定するダイキン工業との産学連携共同研究プログラムは2年目を迎え、研究テーマの具体化に向けて確実に進捗しています。伝統ある「東南アジアセミナー」は、今年度も現地での開催を控えましたが、京都において久しぶりに対面での海外招へいによるセミナーを実施できました。コロナ禍に配慮して実施されたVDP(映像ドキュメンタリープロジェクト)などとあわせて、ポスト・コロナの新しい世界でこれから研究所のアウトリーチ事業をどのように打ち出していくかが、来年度の課題となりそうです。

国立大学附置研究所のおかれている環境は、ここ数年で激変しつつあります。本研究所でも外部からの評価活動を強化し、組織構造の改編も含めた改革に取り組み、そしてなによりも研究所としてのミッションの再定義を不断に行っていきたいと考えています。来年度からの研究所の新しい展開にむけて、皆様の引き続きのご協力をお願い申し上げる次第です。