cseas nl75 報告 第46回東南アジアセミナー

東南アジアのソーシャルメディアと若者たち:
ソーシャルメディアは政治改革の手段になるのか?

パヴィン・チャチャワーンポンパン(京都大学東南アジア地域研究研究所)

第46回東南アジアセミナーは、オンラインと対面のハイブリッド形式で2023年2月16日に開催されました。今年のテーマは「東南アジアのソーシャルメディアと若者たち:ソーシャルメディアは政治改革の手段になるのか?」で、東南アジアと日本から6名の研究者が招待され、京都に集いました。今回のテーマの元となったアイデアには、現代東南アジアの政治的現象があります。東南アジア各国の政治は常に政治的対立によって特徴づけられますが、ソーシャルメディアの出現は、そのような現地の政治形成に重要な役割を果たしています。そして、オンライン政治活動の中心にいる若者たちは、自らの未来のために政治改革を要求しています。このことを念頭におき、本セミナーでは、ソーシャルメディアを政治改革の手段として利用する東南アジアの若者たちの役割を解明することを目指しました。ここで取り上げようとする問題は、若者たちの試みがどの程度成功しているのかということです。

そのために、東南アジアの主要5カ国であるインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイに加え、日本の事例を取り上げました。これらの国では、若者による政治的運動の高まりが顕著に見られます。若者たちは複数のソーシャルメディアを使って政治動員を行い、支持を集め、自らの要求を主張し、さらに政治情勢に関する批判的な議論を喚起してきました。本セミナーでは、少壮の研究者にそれら各国の事例研究を発表していただくことも企図しました。

以下の6名の招待者による研究報告が行われました。

  • ハリス・ズアン (Haris Zuan)氏(マレーシア国際問題研究所)
    「マレーシアにおける政治改革の手段としてのソーシャルメディアの可能性と課題(Potentials and Challenges of Social Media as an Instrument for Political Change in Malaysia)」
  • アリース・A・アルガイ (Aries A. Arugay)氏(フィリピン大学ディリマン校)
    「動員と分極化:2022年フィリピン選挙におけるソーシャルメディアへの若者の関与(Mobilising yet Polarising: Social Media Youth Engagement in the 2022 Philippine Elections)」
  • サイフディン・アハメド (Saifuddin Ahmed)氏(南洋理工大学)
    「取り残される不安(FOMO)とオンラインでの政治参加:シンガポールの事例(Fear of Missing Out and Online Political Engagement: The Case of Singapore)」
  • イレンドラ・ラジャワリ (Irendra Radjawali)氏(KEMITRAAN—政府改革パートナーシップ(KEMITRAAN—Partnership for Government Reform))
    「弱い紐帯の強さ:インドネシアの若者とデジタル政治(Strength of Weak Ties: Youths and Digital Politics in Indonesia)」
  • スラッチャニー・スィーヤイ(Surachanee Sriyai)氏(チェンマイ大学)
    「オプ‐ストラクション:タイの民主化運動における機会構造とそれが示唆するもの(OppStruction: Opportunity Structure and Its Implications on the Pro-Democracy Movement in Thailand)」
  • 打田篤彦氏(大手門学院大学)
    「日本の若者によるソーシャルメディアを通した政治参加(Political Participation through Social Media by Japanese Youth)」
はじめに、三重野文晴所長が東南アジアセミナーの沿革や現代的な意義を中心に開会の辞を述べました。そこでは本研究所における様々な学術活動とともに、とりわけ、Kyoto Review of Southeast Asiaが東南アジアセミナーの成果発表の場となることについて紹介がありました。次に、東南アジアセミナー実行委員長を務めたパヴィン・チャチャワーンポンパン准教授がセミナーの趣旨と目的について説明を行いました。なお、今回のセミナーには、オンラインと対面とをあわせて17ヵ国から約100名に上る人々が参加しました。

セミナーは二部構成で、第一セッションではフィリピン、マレーシア、シンガポールの3つの事例を中心に議論が行われ、政治的要求のためにソーシャルメディアを利用する若者たちの役割について、様々な視座が提示されました。キャロライン・ハウ教授が司会を務め、アテネオ・デ・マニラ大学歴史学科のカール・イアン・チェン・チュア教授(Dr. Karl Ian Cheng Chua)に討論者としてご登壇いただきました。ソーシャルメディアが本当に政治改革の手段でありうるかという問いに対し、それが民主主義の推進に貢献したのかについては今なお議論の余地が大いにあることが示されました。

第二セッションではタイ、インドネシア、日本の事例が取り上げられました。マリオ・イヴァン・ロペズ准教授が司会を、岡本正明教授が討論者を務めました。第一セッションと同様、若者とソーシャルメディアの関係については、この3カ国にもそれぞれ独自の状況があります。例えば、タイやインドネシアでは若者によるオンラインでの政治活動が盛んですが、この状況は日本には必ずしも当てはまりません。第二セッションの講演者たちは、ソーシャルメディアの出現が実際に政治的状況を変えられるのかについて懐疑的でした。また、言うまでもなく、ソーシャルメディアを利用していない人々も一部に存在します。この他、議論で繰り返し言及されたのは、インターネットを安全に使うためのネットリテラシーの問題でした。

両セッションの議論では、研究をさらに深めるための興味深い問いがいくつも提起されました。ネットリテラシー問題の他に、国境のないサイバー空間において国家が権限を主張したことによるサイバー主権(cyber sovereignty)の問題も取り上げられました。さらに、サイバー空間における若者世代に対する「国家の逆襲」戦術(“the-state-strikes-back” tactic)の問題も注目されました。この議論では、フェイクニュースの拡散や国家によるネットワークへの侵入、インターネット上の民主的空間を自らの権威主義的アプローチに都合よく変えようとする政治的右派の盛んな活動などが論じられました。ただし、ミルクティー同盟などに見られる、ソーシャルメディアを通じた東南アジアを越える若者同士の地域的連帯については十分に論じることはできませんでした。

とはいえ、このテーマに関する研究集会は、本研究所だけに留まるものではありません。ケンブリッジ大学東南アジア学会の主催により、同様のテーマの公開セミナーが2023年2月20日に同大学キングズ・カレッジで開催される運びとなりました。パネリストは、パヴィン准教授、ハリス・ズアン氏、そしてキングズ・カレッジ・ロンドンで博士号取得を目指しているシンガポール出身のイェオ・ネー・ウィン(Yeo Nee Win)氏です。本研究所とケンブリッジ大学との共催で、タイ、マレーシア、シンガポールの3カ国の事例を中心に議論が交わされる予定です。

最後に、本セミナーで発表された研究は、いずれも2023年9月1日に公開を予定しているKyoto Review of Southeast Asiaに論文が掲載されます。これら6本の論文は、英語から日本語、タイ語、インドネシア語、フィリピン語、ベトナム語、ビルマ語にも翻訳されます。

第46回東南アジアセミナーは、4名のシニア研究者(パヴィン・チャチャワーンポンパン、キャロライン・ハウ、岡本正明、マリオ・イヴァン・ロペズ)と6名の若手研究者(馬塲弘樹、土屋喜生、山田千佳、ジュリー・アン・デロス・レイエス(Julie Ann de los Reyes)、芹澤隆道、呉昀熹(Wu Yunxi))の10名が組織する実行委員会によって運営されました。実行委員会を代表して、本セミナーを支え、成功に導いてくださった明渡真沙子さん、近藤素子さん、土倉祐美子さんをはじめとする本研究所のスタッフに心からの謝意を表明いたします。

2023年2月17日、京都にて

(パヴィン・チャチャワーンポンパン)