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第33回 2009年度:「東南アジア」を地域としてどう考えるか

開催期間:平成21年9月7日(月)〜11日(金)

開催場所:京都大学東南アジア研究所稲盛財団記念館大会議室(3階333室)

受講を希望される方はオンラインでの受講申込みをお願いいたします。

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本年度のセミナー内容

Southeast Asia Seminar 2009今年の東南アジアセミナーでは、「東南アジア」そのものを問い直してみたい。いうまでもなく、「東南アジア」という地域概念がなければ、「東南アジア」研究も、そのための「東南アジア」研究所も存在しようがないし、「東南アジア」史も、アセアン(「東南アジア」諸国連合)も、「東南アジア」政策も、「東南アジア」との交流といった発想も生まれようがない。それでは、どうして東南アジアはひとつの地域としてどのように構想され、構築されてきたのであろうか。

歴史的に振り返ってみると、東南アジアという地域概念が生まれたのは、第二次世界大戦後のことであった。植民地帝国が崩壊して、中国に共産党政権が生まれて冷戦が激化するなか、アメリカの反共政策の一環で東南アジアという地域概念が生まれたことは間違いのない事実である。しかし、東南アジアはアメリカの反共政策の延長でしかないという即断はあやまりである。東南アジアが生まれてすでに半世紀以上経っており、その間、東南アジア域内外において、大学の研究者、政治家、行政官、文化交流の専門家、開発援助の実務家、ビジネスマンなど、さまざまな立場の人たちが実にさまざまのかたちで「東南アジア」を構想し、実体化してきたのである。そうした構想や実体化の過程で、 「東南アジア」は、海と陸の世界の交叉するところ、戦争の舞台(連合軍東南アジア司令部)、交易ルート、開発と援助の投資の場、フィールド・サイト、生態系、地域システム(アセアン、アセアン・プラス・3、アセアン+3+3)、多様な言語と文化の場、文明の交叉するところ、その他、実にさまざまなかたちで捉えられてきた。

今年の東南アジアセミナーにおいては、こうした多様な「東南アジア」地域像とその実体化の試みについて、それぞれの研究分野で活躍する研究者を招いて学際的に考察していきたい。タイ、インドネシア、台湾から若手研究者にも受講生として参加してもらい、東・東南アジア諸国の研究者との交流の場ともしたいと考えている。そこで、本セミナーの講義は英語で行う。

尚、今年度の東南アジアセミナーは、日本学術振興会アジア教育研究拠点事業との共催によって行われる。

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