cseas nl75 新任スタッフ紹介

白石 華子
SHIRAISHI Hanako

相関地域研究部門・日本学術振興会特別研究員DC2
博士(地域研究、京都大学)
専門分野はタイ地域研究、考古学史

 私の研究の目標は、「考古学を通じて地域を見る」ことです。というと、ある地域の歴史を考古学的手法によって研究しているように思われるかもしれません。しかし私は遺跡の発掘調査をするわけでも、土器の分析をするわけでもありません。「考古学」そのものを対象として、その社会とのかかわりを研究しています。具体的には、19世紀末以降のタイにおける考古学の成立、発展の過程を、同時代の社会的背景のもとに位置付けていくことが目下の課題です。

  そもそも考古学とは、「過去の人類の残したモノや痕跡をもとに、その行動や思想の復元を試みる」学問です。しかし考古学の調査の一部である発掘調査の多くは公共事業としておこなわれ、また遺跡や出土した遺物は文化財として公的機関の管理下に置かれることが一般的です。そうしたいわゆる埋蔵文化財行政も含めて考古学者が主体となる活動は幅広く、学術研究としての考古学との明確な線引きは困難であることから、全てを包含する意味で「考古学」と呼ばれることも珍しくありません。

 私はそうした広義の考古学を近現代における一つの社会的営みと捉え、その歴史的変遷や政治や経済との相互作用に注目して研究を進めています。例えばタイでは、ナショナリズム思想を背景とした公定史観の強化に考古学の調査研究や遺跡の保存が利用されていることが指摘されてきました。また近年では新自由主義の潮流や文化遺産観光の興隆によって、経済性の多寡が遺跡の価値を左右する傾向が強まっていることも否めません。こうした現象は必ずしもタイに独特なものではなく、むしろグローバルな動態と言えますが、だからこそ其々の地域の差異や共通性を綿密に捉えることが重要であると考えています。タイという地域への理解の深化、また将来的な他地域との比較研究を念頭に、現地調査をおこなっています。

 アジア・アフリカ地域研究研究科及び東南アジア地域研究研究所でこの研究に取り組むようになって今年で5年目になりますが、それ以前は京都大学文学部の考古学研究室に所属していました。いくつかの発掘調査に参加し、そのなかで現代社会における考古学の多様性や奥深さに関心を抱いたことが、現在の研究を始めるきっかけの一つとなりました。タイを理解したいという思いとともに、「考古学」という(私にとっては)不思議なものを理解したいという思いが、私の研究のモチベーションです。