cseas nl75 特集1 オンライン動画プログラム「地域研究への招待」第3期公開

多民族・多言語国家マレーシアを観る:
映画の中の社会共生

山本博之(京都大学東南アジア地域研究研究所)

 私は高校生のとき、ホームステイ留学をしてマレーシアで1年間生活しました。マレーシアは多民族、多言語、多宗教の社会です。私がホームステイしたのは中華系マレーシア人の家庭で、家では主に英語と広東語が話されていましたが、学校の授業はマレー語、そして街に出るとタミル語や福建語を話す人もいました。

 お互いに違うことが当然なので他人に干渉しあわずにそれぞれ思い思いの行動をとり、そのためにお互いに些細なことで不満を抱くことがあっても、それを冗談交じりに伝えあうことで、不満が蓄積されていつか大爆発するのを防ぐ知恵と工夫に溢れていました。

 民族や宗教や言葉が違う人が一緒にいると余計な手間がかかって面倒だと考えるのではなく、互いに違う人が隣どうしで暮らしていることは現実として受け入れた上で、それぞれが自分の信じる生き方を歩みながらも、他人と摩擦が起こりそうになったらそれが大ごとになる前に解消する。これは生き方の「技術」と言ってもよいと思いますが、この技術を世界の人びとが身につけることで、世界はもっと平和で繁栄するのではないかと思い、マレーシアの多文化社会の研究をはじめました。

 ただし、マレーシアには多様な人びとがいるため、そのどれ一つをとってもマレーシア社会を代表していると言うことはできません。さまざまな人びとが多様なまま関係を作っている様子をどのようにすればうまく捉えて表現することができるのか。この問いに1つの答えを与えてくれたのが映画でした。

 映画に映っていることを全て事実だと思ってそのまま受け入れる人はいないと思います。その一方で、映画は、制作者が意図しないものを含めて、その作品が制作された時代や地域の様子が映り込んでしまうものです。そのため、ある国や地域で作られた映画をたくさん観て、その内容を理解するとともに、制作者の意図や観客の反応などを知ることで、その国や地域の様子を知ることができます。うまくやれば、多くの人びとが漠然と思っているけれど口に出さないようなことを探り当てることもできます。

 このビデオでは、マレーシアの2人の映画制作者に、マレーシアとはどのような社会か、そしてそれを映画でどのように表現しようとしているのかを話してもらっています。この2人は民族も宗教も性別も違います。2人の話を聞いて、どこが異なっていてどこが共通しているのかを考えてみてください。

出演者:
山本博之: 京都大学東南アジア地域研究研究所・准教授,専門分野はマレーシア地域研究、ナショナリズム、災害対応、地域情報学、映画。
ホー・ユーハン: 映画監督。主な監督作品に『ミン』『太陽雨/Raindogs』『心の魔』『ミセスK』がある。
シャリファ・アマニ: 女優、映画監督。主な出演作品に『細い目』『グブラ』『ムアラフ』がある。

文献:
●動画で紹介したヤスミン・アフマド監督については、
山本博之編著『マレーシア映画の母 ヤスミン・アフマドの世界 人とその作品、継承者たち』(英明企画編集、2019年)
を読んでみてください。動画に出演したシャリファ・アマニさんとホー・ユーハンさんについても紹介しています。

●ヤスミン監督の映画は、『細い目』『グブラ』『ムクシン』『ムアラフ』『タレンタイム』、そしてテレビ用に作られた『ラブン』の6作です。機会があればぜひ観てみてください。

●ヤスミン監督はテレビCMの監督としても知られています。
京都大学オンライン公開講座「メディアとコミュニティ 東南アジアから考える」の第4回「映像メディアとコロナ後の世界」
では、ヤスミン監督のテレビ広告『葬儀』を紹介しています。

●マレーシアに関心がある人には、
寺田匡宏編著『災厄からの立ち直り―高校生のための〈世界〉に耳を澄ませる方法』(あいり出版、2016年)
の「世界をめざすマレーシア 異質な他者と隣り合わせに暮らす」の章を読んでみてください。

●東南アジアの映画などポピュラーカルチャーに関心がある人には、
福岡まどか・福岡正太編『東南アジアのポピュラーカルチャー〜アイデンティティ・国家・グローバル化』(スタイルノート、2018年)
を読んでみることをお勧めします。