Visual Documentary Project (以下VDP)は、「東南アジアにおける持続型生存基盤研究」プロジェクトにおいて、東南アジアの多様性・混成性・ダイナミズム等の実情を正確に把握するために若手映像制作者との交流を促進しようと、2012年から始まった。
主な目的は、東南アジア研究に携わる者と東南アジア出身の映画作家たちにプラットフォームを提供し、彼らが体験する研究・現実、それを反映した映画作品を、より幅広い観客、つまり国内外の研究者コミュニティーや市民等に届け、直面する様々な現状について問題提起をすることである。この取り組みによってこの9年間、本事業はドキュメンタリー作品の制作を通じた、生き生きとした洞察に満ちた交流を発展させてきた。2014~19年、国際交流基金アジアセンター(JFAC)とのパートナーシップによる共催で、本事業はさらに発展し、京都と東京の二つの会場で認知度を高め、交流も深めてきた。これらの成果によって、東南アジアに関する学術研究に新たな補助線を引くことができ、この地域で活動する映画作家と研究者の架け橋を築く扉が開かれた。
VDPは、実行委員会で決定する毎年異なるテーマで東南アジアと日本からドキュメンタリー作品を募集し、2020年度までに1066本の作品を受理した。2020年、第9回目を迎えたテーマは「愛」であった。「愛」に着目した理由は、東南アジアの映像作家が、この最も興味を掻き立てられる感情について、いかに解釈し、表現するかに関心が集まったからである。近年、東南アジアは、世界の主要なメディア制作者となり、数多く制作されるラブ・コメディーや悲劇、演劇、映画などいずれもが消費者の関心を惹こうと凌ぎを削る地域となった。例年通り、東南アジア出身の映画作家はどのような作品を披露してくれるのかと熱い期待を寄せて作品を募集したところ、幅広いジャンルにわたり、119本もの多様な作品が届いた。これらの作品は、人と人との間に、あるいは共同体にかよう愛を、環境への意識を、消えゆく都市空間への郷愁を、遠くにありながら交わされる親密な思いを、社会に根差すケアを、愛しい人との別れを、とそれぞれに異なる切り口から愛を語ることに取り組んだ、いずれも感動的な作品ばかりであった。
映像研究者・映像作家・地域研究者からなる選考委員会は、応募された119本から、5作品を選考した。人と人の間にかよう愛についての『シンプル・ラブストーリー』(ミャンマー)、人生の終わりに近づきながらも求められる愛の絆がテーマの『伴侶さがし』(インドネシア)、国境を超えた愛を取り上げた『紅酒鶏』(マレーシア)、失った家族への愛という視点からの『父を思う』(ミャンマー)、家族愛を描いた『アルヤの絡まった髪の毛』(インドネシア)である。今回のテーマである「愛」というレンズを通して、東南アジアの人々の、人生観や世界観の多様性などが浮き彫りになった。
それらの中でも、涙と笑いに満ちた高齢者の婚活ドキュメンタリー『伴侶探し』にまず注目しよう。このドキュメンタリーは、高齢男性の主人公、バスリが再婚を願う気持ち、その期待と彼の向き合う現実を描き出す。恋愛ものにありがちな、常に美しく完璧なものである理想世界の観念とは違う愛の見方と現実に即した愛情表現を描く本作は、親密さを示す単純なしぐさを強調している。新郎と新婦の言い争いや、彼らの自尊心から相手に本当の気持ちを伝えるのを思いとどまる様子までが映像に現われている。本作品の監督、ワフュ・ウタミ氏はジョクジャ・フィルム・アカデミーの講師であり、制作した他の作品がインドネシア国際ドキュメンタリー・実験映画祭などで受賞している。この作品は、インドネシアのジョクジャカルタ特別地区バントゥル県のセウォンが舞台で、「ゴレック・ガルウォ」(伴侶さがし)という合同結婚式が監督の目を惹いたのである。VDP上映作品選考委員のリリ・リザ(映画制作者、インドネシア映画祭で最優秀監督賞などを多数受賞)は「実直で闊達な登場人物を通じて、愛というテーマを探る素晴らしい映画。現代インドネシアの優れた肖像だ」と評価した。
選考作品の中でもう一つ、『父を思う』も印象的な作品であった。物語の舞台はミャンマー東部のカヤー州であり、主人公であるカトリックの女性ジェニー・クーリーは軍事独裁政権と闘うミャンマー人学生の運動に加わった父の最後の消息を辿る。本作品は何十年も続くミャンマーの争いが彼女の家族や社会に及ぼした影響についての考察であり、紛争の影響を受けながら、失った父親を探し求める娘の姿が細やかに描かれる。監督はミャンマーモン州のビリン郡出身のエー・チャンである。2018年に奨学金を受け、ヤンゴン映画学校(Yangon Film School, YFS)で映画製作を学び、ドキュメンタリーを専攻した。2017年に、チャン氏はドキュメンタリーに登場する主人公のジェニーに会い、1988年の学生運動でなくなった父親の話に大変関心を持ったことが本作品制作のきっかけである。2019年に、YFSが「若者と平和」というテーマで映画コンテストを開催した際、本作品が生まれた。「ミャンマーの重大な変化があった後の時代に育ち、大人になった世代の感情を嘘いつわり無く、直実に捉えている」と上映作品選考委員の映画制作者コン・リッディはコメントした。今年、特別賞選考委員を務めたリティ・パン氏(映画制作者、ボパナ視聴覚リソースセンター代表)は本作品を選び、「愛と信念が一つの世代から次の世代に受け継がれてゆく様子を描写している。ヒューマニティの名の下に、新たな闘いを仕掛けるのは、常に女性なのだ」と高く評価した。
2020年度の入選作品は、いずれも例年にない力作であり(制作国で上映禁止の1本を含む)、東南アジアの人々が日常生活で直面する問題意識を生々しく取り上げていた。
2020年の作品募集が始まったのは、全世界を席捲した新型コロナウイルス感染症の大流行の初期の頃であり、さまざまな情報が溢れるなか、行動は規制され、こころとからだの両面でとても大変な年になった。東南アジアや日本でも感染状況や渡航規制などのため、監督らは来日できず、本プロジェクトのイベントもオンラインで開催する運びとなった。困難に立ち向かう試練が続いているが、本プロジェクトでは2021年も引き続き、「死と生」というテーマで作品を公募する予定である。日本と東南アジアの映画作家、地域研究者、他のパートナーらと共に時間を重ね、この事業を一層発展させていきたい。
第9回VDPの登壇者と関係者(スクリーンショットで記念撮影)