cseas nl75 報告 第45回東南アジアセミナー

「超学際の実践 ―東南アジア研究の多様な軌跡」

デーチャー・タンスィーファー(京都大学東南アジア地域研究研究所))

第45回東南アジアセミナーは、「超学際の実践―東南アジア研究の多様な軌跡」と題して、2022年2月18-19日Zoomによる非公開の集会として開催されました。セミナー初日(2月18日)は、本研究所の日ASEAN研究プラットフォームの年次研究成果報告会 “Grounded Transdisciplinary Research in Southeast Asia”(東南アジアにおける超学際研究の地歩)との合同開催、2日目は独立したセミナーでした。

今回のセミナーは、いくつかの優れた超学際的「ケース・スタディ」を提示し、そして次世代研究者とシニア研究者の間の対話を促進することによって、東南アジア研究がもつ超学際性の多様な軌跡について考察し比較する場とすることを目指しました。超学際的な探究は、より革新的な研究方法を必要とするだけでなく、いわゆる「象牙の塔」に閉じこもって仕事をする研究者や、より広い市民社会と結びつこうとしない専門家に挑戦を突き付けているのです。

今回のセミナーのコアメンバーは、6か国から参加した以下の10名でした。

  • ファニー・キャロン-スカルリ Dr. Fanny Caron-Scarulli(フランス)エクス=マルセイユ大学・フランス国立科学研究センター共同研究ユニットIrAsia アソシエイト・リサーチャー
  • 花暁波 Dr. Xiaobo Hua(中国)中国農業大学准教授
  • マリアム・ヤーン Miriam Jaehn(ドイツ)シンガポール国立大学博士課程
  • ティティ・ジャムカジョーンキアト Thiti Jamkajornkeiat(タイ)カリフォルニア大学バークレイ校博士課程
  • 上砂考廣 Takahiro Kamisuna(日本)シンガポール国立大学博士課程
  • 李宇晴 Dr. Yuqing Li(中国)清華大学国際地域研究院研究員
  • カタリーヤー・リムディー Dr. Khathaleeya Liamdee(タイ)チュラーロンコーン大学アジア研究所研究員
  • ネヴィエタ・サリ Novieta Sari(インドネシア)ニューカッスル大学博士課程
  • チヤタト・スパチャラーサイ Dr. Chyatat Supachalasai(タイ)ラムカムヘン大学政治学部助教
  • トリシア・ウィジャヤ Trissia Wijaya(インドネシア)マードック大学アジア研究センター博士課程/UNDP外部コンサルタント
セミナーは速水洋子所長の歓迎の辞に始まり、続いてデーチャー・タンスィーファー東南アジアセミナー実行委員長による趣旨説明が行われました。午前のセッションでは参加者による自己紹介と超学際性に関する予備的なディスカッションが行われ、午後のセッションでは日ASEAN研究プラットフォームの支援を受けた8つの研究プロジェクトから8つの報告がありました。報告者と報告題目は以下の通りです。

〈第1セッション〉

  • シプリ・ヨハン・パジュ・ダール Dr. Cypri Jehan Paju Dale(CSEAS特定研究員)
    「『私たちはドラゴンと双子のきょうだいである』:インドネシアコモド国立公園における地域の知と人・動物・環境関係の脱植民地化」(“We, the Twins of the Dragons”: Indigenous Knowledge and Decolonization of Human-Animal-Environment Relations in Komodo National Park, Indonesia)
  • ジュリー・アン・デロス・レイエス Dr. Julie Ann de Los Reyes(CSEAS特定助教)
    「超学際再考:フィリピンのエネルギー転換政策における権力、闘争と新たな取り組み」(Rethinking Transdisciplinarity: Power, Conflict and Alternatives in Philippine Energy Transition)
  • マイルズ・ケニー=ラザー Dr. Miles Kenney-Lazar(国立シンガポール大学助教)
    「『開発のスープ』の中で:資源採掘地域における闘争の民族誌」(In the ‘Development Soup’: Conflicted Ethnography in an Extractive Frontier)
  • ハート・N. フォイヤー Dr. Hart N. Feuer(京都大学大学院農学研究科准教授)
    「エコロジカルな起業家精神を共創する:超学際的研究手法と実験との交差点」(Co-creating Ecological Entrepreneurship: The Intersection of Transdisciplinary Methods and Experimentation)
  • 討論者:伊藤毅(上智大学教授)

〈第2セッション〉

  • クワン・スー・チェン Dr. Kwan Soo Chen(国立マレーシア大学)
    「マレーシアにおいて電気自動車の普及とエネルギー産出がもたらしうる運輸関連大気汚染物質(TRAPs)と炭素排出による医療への影響」(Health Impacts from TRAPs and Carbon Emissions in the Projected Electric Vehicle Growth and Energy Generation Mix Scenarios in Malaysia)
  • 山田千佳 Dr. Chika Yamada(CSEAS特定研究員)
    「インドネシアの薬物依存症患者向け公的医療サービスにおける当事者の関わり」(Peer Involvement in Formal Care Services for People with Substance Use Disorders in Indonesia)
  • イアン・A. ナバレッテ Dr. Ian A. Navarrete(サザンレイテ州立大学環境科学部准教授)
    「超学際的視点で土壌劣化に立ち向かう:フィリピンレイテ島南部山地部限界地域農民からの洞察」(Coping with Soil Degradation from a Transdisciplinary Perspective: Insights from Marginal Upland Farmers in Southern Leyte, Philippines)
  • モイセス・ニール・V. セリーニョ Dr. Moises Neil V. Seriño(ビサヤ州立大学経済学部准教授)
    「フィリピンにおける超大型台風からの沿海地域の保護におけるマングローブ林の役割評価」(Valuing the Role of Mangroves in Protecting Coastal Communities from Super Typhoons in the Philippines)
  • 討論者:デーチャー・タンスィーファー(CSEAS准教授)

第2日目は、予め指定された14の文献と前日の報告・ディスカッションに基づいて、コアメンバーが、それらを自分自身の研究の試行錯誤から得た知見と統合させた考察を発表しました。ここでのディスカッションでは多様なアイデアが提示されましたが、そのうち鍵になると考えられるのは以下のものです。 ・ディシプリン性、地域研究、学際性の相互に絡み合った関係性 ・周縁化された人々の知識に対する科学的言説への批判的視座 ・「問題解決」に向けて―アカデミックな世界と非アカデミックな世界の架橋 ・多様な主体から成る「ステークホルダー」の位置づけに対する知識の共創 ・ディレンマ、緊張、摩擦、衝突―学際性につきものの特性 ・認識論的関与から倫理的難問へ ・学際性を脱植民地化する?

以上のようなアイデアによって、そして各コアメンバーの研究対象の多様さ―国境と疾病、土地利用、インフラ、難民、生態圏、先住民、左派国際主義など―もふまえると、コアメンバーの手法、アプローチ、分析枠組みもまた、民族誌的研究、構成分析、インターセクショナリティ、哲学、文献学、言語学あるいは文学的分析、新たな解釈方法などと多岐にわたりました。第2日目の報告とディスカッションは実り多く、時に白熱し、実に深いものもあり、そこからさらにまた多角的なイシューが浮上しました。

その一つは、「ステークホルダー」という概念と彼らのポジショナリティが、学際的な思考を経て、強調されたことです。そのプロセスでは、例えば、ジェンダー(女性/男性)、階級(貧困者/富裕者)、ネイション(先住民/国家)、リテラシー(非識字者/識字者)、生命(生態圏/人間)といったサバルタン/ヘゲモニー関係を通じて、様々なアイデンティティ間にある矛盾が示唆されました。それゆえに、このような複雑な社会の中での、そしてさらに地球規模での「ステークホルダー」の全体像の理解を目指す学際的研究者のすべてにとって、認識論的関与を避けることはできないのです。その上、それら複雑なポジショナリティの重なりに由来する、うろたえてしまうほどたくさんの倫理的難問と格闘する覚悟も必要となります。

さらに、現状を打破するためのアジェンダとして学際性は有用か否かが問われ、また、学際性は、周縁化された人々の声や、彼らの知識・世界観を消去してしまいかねない植民地化が現実となるあらゆる可能性を避けねばならないことが強調されました。それゆえに、a)研究者が周縁化された人々と協力すること、b)主要な学術機関により長らく否定され、あるいは看過されてきた、知識のオルターナティヴな形態のための空間の創出が提案されました。実際のところ、周縁化された人々の(歴史)物語 (hi)story が(再び)書かれねばならないという考えは勢いを増しています。学際性というものが、複雑な社会の中での、そして地球的規模での諸問題や危機を解決するための手法(modus operandi)として、より緊急性の高いものであると想定して、新世代の研究者に対して学際性を訓練するための効果的な方法についても、議論が行われました。

第45回東南アジアセミナーは、4名のシニア研究者(小林知、マイケル・フィーナ―、坂本龍太、デーチャー・タンスィーファー)、4名の若手研究者(土屋喜生、ティアラ・トゥン、松岡佐知、芹澤隆道)、2名のスタッフ(明渡真沙子、近藤素子)の計10名によって組織されました。東南アジアセミナー実行委員会を代表して、共催者である日ASEAN研究プラットフォームに、そしてセミナーを常に支えてくださった本研究所のスタッフ、とりわけ鎌田京子さんと川島淳子さんに、そして最後にはなりますがブライアン・リチャードソンさんに心からの謝意を表します。

(デーチャー・タンスィーファー)