私がいま取り組んでいるのは、農村の過疎化という大きな問題です。これは、世界の各地域で進行するグローバルな問題です。
問題の根は本当に深いものです。農村人口のなかから、若者を中心とした多くの人びとが都市へ移住します。仕事を得て、働き、生活を立てるためです。勉強のために故郷を離れる人もいます。そのような人の多くも、都市で仕事を探し、農村に帰ろうとしません。過疎地域での農村では、若い夫婦が少なくなるので、子供の数が減り、小中学校が統合され身近な学校が廃校になったりしています。お祭りなど、地域で営まれてきた文化的活動の継続が困難な状況が生まれていて、栽培が放棄されている田畑が多くなり、森林の鹿、猪、猿などの動物による食害も増えます。日本の人びとの多くは、過疎は、日本のような先進国の問題だと考えがちです。しかし、例えば、「幸せの国」として有名なブータンのような国でも、農村の過疎化が始まっています。アジアの人びとの多くが、将来ますます大きくなる過疎の問題をどう考えてゆけば良いのか、危機感を持っています。
わたしは、2008年に「実践型地域研究推進室」を東南アジア地域研究研究所に設立し、過疎というグローバルな問題に挑戦をしています。問題の原因は大きく、複雑です。原因の根本には、都市の圧倒的な力にあります。すなわち、競争原理と経済合理性をふくむ市場経済の論理が、社会に浸透したことが大きいです。市場経済の論理は、事実として、私たちの生活の基本となっています。しかし、それが人間社会の「幸福」の唯一の基準ではありません。
日本は、過疎の問題について多くの政策を実施しています。その成果は必ずしも明らかではありませんが、まずは地域と地域をつなぎ、問題の解決に向けた道筋をアジアの人びとと共に考える事が大切だと思います。また、まだまだ微々たる存在ですが、特に日本の20代、30代、そして定年世代の過疎農村地域への移住という田園回帰の動きも出始めています。ブータンやミャンマーの人を日本の農村に連れて行くと、電気が通り、道路が整備され、近代化された生活に驚きます。そして、いかに生活が近代化しても、大多数の人たちは都市へ出て行ってしまったという事実や、一方でいま田園に回帰しようとする人々を目の当たりにします。経済開発だけでは過疎は解決できません。「幸福」とは何かといった、伝統や文化の問題を合わせて、都市の発展とバランスをとった農村の未来を考える必要があります。
安藤和雄(京都大学東南アジア地域研究研究所)