東南アジア地域研究研究所が所蔵するフォロンダ・コレクションは、フィリピンの歴史学者・マルセリーノ・フォロンダ(Marcelino Foronda, 1907-97)が40年をかけて蒐集したフィリピンの歴史・社会科学・芸術・文学・宗教・民俗誌等に関する貴重な資料群である。 筆者は、フィリピン研究ましてや東南アジア研究の専門家ではなく、16・17世紀の日本のキリシタン史を専門としつつ、現在の本務として、ヨーロッパの古典籍・古文書・マニュスクリプト資料、およびそれらの保存に関する調査・研究を行っている。その関係で今回、コレクション(約7000点)のうちマニュスクリプト資料(全11点)について、それらの形態調査と、スペイン語の記述やキリスト教関連の資料についての内容を調査する機会を得ることができた。本稿では、そのうちの2点について筆者の関心に従って紹介する。
①Untitled Prayerbook in Iloko(No.6429)
19世紀末と考えられるタイトル不明のキリスト教の祈祷書である。現在では資料の冒頭部分は欠落しており、イロカノ語の文章から始まっている。ただし、途中には多数のスペイン語の祈り(初聖体の際に唱える祈りやノヴェナス(9日間の祈り)など)や、ラテン語で記した祈り(連祷やアンティフォナなど)が確認された。筆者はイロカノ語に不案内のため、その部分の内容は確認できないが、イロカノ語の祈りと併せてそれに対応するスペイン語・ラテン語が掲載された祈祷書なのか、それともイロカノ語で唱える祈りとスペイン語やラテン語で唱える祈りが使い分けられていたのかなど様々な可能性が考えらえる。いずれにしても、当時のイロカノ語圏におけるカトリシズムを知る上で、重要な資料といえる。
②Coleccion de nombres sustantivos, adjetivos…(No.6427)
スペイン語の単語についてアルファベット順に並べて品詞を付し、イロカノ語で意味を説明した、いわば単語帳の類である。標題紙から、1898年3月5日にヴィガン(イロコス・スル州)で作成されたものと考えられる。この時期は、フィリピン独立のきっかけとなる米西戦争の直前に当たる。ナショナリズム運動が激化し、スペイン統治からの独立に向けて進んでいった時期における、スペイン語学習の痕跡として非常に興味深い資料である。
聞くところによると、日本におけるスペイン植民地時代のフィリピン研究は、池端雪浦氏や菅谷成子氏らの優れた先行研究はあるものの、その中でも特にイロカノ語を用いた研究は、必ずしも豊富とは言えないということである。フォロンダ・コレクションは、こうしたスペイン統治時代や、イロカノ語圏とカトリシズムに関する研究などを進める上でも、多くの示唆を与えてくれると思われる。今後、当該コレクションを活かした専門家による研究が発展していくことを期待したい。
森脇優紀(東京大学大学院経済学研究科)
もう少し深く知りたい方への文献紹介
- Marcelino A. and Cresencia R. Foronda, A Filipiniana Bibliography, 1743-1982: A classified listing of Philippine materials in the Marcelino A. And Cresencia R. Foronda Private Collection, Manila: Philippine National Historical Society, 1981.