cseas nl75 VDP 2019

Visual Documentary Project 2019

マリオ・ロペズ(京都大学東南アジア地域研究研究所)

Visual Documentary Project (以下VDP)は、「東南アジアにおける持続型生存基盤研究」プロジェクトにおいて2011年から開始された文部科学省特別経費事業「ライフとグリーンを基軸とする持続型社会発展研究のアジア展開」による国際的に卓越した教育研究拠点の活動の一環として、2012年に立ち上げたものである。東南アジアや東アジアとの学術コミュニティの連携を強化するために、持続型生存基盤研究セミナーの現地開催、大学院教育推進、研究成果国際共有化システムの開発・整備、持続型生存基盤研究アジア・コンソーシアムの設立といった当初の取り組みに加え、東南アジアの多様性・混成性・ダイナミズム等の実情をより正確に把握するべく、VDPにより若手映像制作者との交流を始めた。

応募作品数(2011-19)

 主な目的は、東南アジア研究に携わる者と東南アジア出身の映画作家たちにプラットフォームを提供し、研究者と映画作家の双方が自ら体験する東南アジアの現実が反映された映画作品を、より幅広い観客・国内外の研究者コミュニティ・市民等に届けることである。この取り組みによってこの8年間、当事業はドキュメンタリー作品の制作を通じて生き生きとした洞察に満ちた交流を発展させてきた。2014-19年まで、国際交流基金アジアセンター(JFAC)とのパートナーシップによる共催で、この事業はさらに発展し、京都と東京の二つの会場で事業の認知度を高め、交流も深めた。このパートナーシップと取り組みの成果によって、東南アジアに関する学術研究に新たな補助線を引くことができ、この地域で活動する映画作家と研究者の架け橋を築く扉が開かれた。

 毎年、委員会で決定する異なるテーマで、東南アジアと日本からドキュメンタリー作品を募集し、監督と研究者と市民の交流を促しながら、彼らの経験を通して、新たな視点を生み出している。開始以来、「ケア」、「多元共生」、「人と自然」、「越境する東南アジア」、「日常生活のポリティクス」、「都市生活」、「ポピュラーカルチャー」、「ジャスティス」といったテーマで合計953本の作品を受理した。この驚異的な応募数は、東南アジアがドキュメンタリーの生産地であるのみならず、地域内外の映画の消費基盤を持つ地域となったことを物語っている。

 本事業を実現するためには、ユニークな体制が欠かせない。地域研究者から成るプレセレクション委員会、そして研究者、映像評論家、映画監督、脚本家から成る国際選考委員会の双方が作品の選別と評価を行い、入選作品を決定し、各ドキュメンタリーの背景・撮影地域に詳しい地域研究者の解説を含めて、地域に対する相互理解と知識を高めようと努力している。各作品の字幕翻訳・チェックと内容の確認は、高い質を保証しつつ行われている。

『物言うポテト』Unsilent Potato  (Sein Lyan Tun監督作品、2019年第8回VDP特別賞受賞)

 2019年、第8回目を迎えたVDPのテーマは「ジャスティス」であった。これまでの公募で、作品の多くは政治問題という課題への挑戦を内包していることがわかってきた。東南アジア地域の映画作家は、どのような目を通して、どのような心で、「正義」と「不正義」に対する意識を持つのか?経済、社会、環境、そしてとりわけ政治的な事柄において、ジャスティスは、公正と公平な待遇に関する現在進行中の踏み込んだ対話の中心に存在するテーマだが、多くの当事者は一体どのような多様なアカウンタビリティの必要性を叫んでいるのか?このような問いを想定しつつ、応募の段階では、テーマに込めた具体的な内容をあえて発表せずに公募を行い、東南アジア地域におけるジャスティスの解釈のあり方についての理解を追求した。161の応募作品のうち、性的暴力に対するジャスティスを追求した『物言うポテト』(ミャンマー)、国家の暴力と抑圧を告発する『叫ぶヤギ』(タイ)、土地の開発と収奪の明暗に迫る『落ち着かない土地』(ベトナム)、テロとその生存者への影響を追った『あの夜』(フィリピン)、そして過去の災いと折り合いをつけて行く中で歌が持つ癒しの力を描いた『私たちは歌で語る』(インドネシア)、以上5つのドキュメンタリー作品が入選し、上映された。

 2019年度は特別賞も新たに設置することとなり、特別賞選考委員の映画制作者リティ・パン監督が『物言うポテト』を選んだ。本ドキュメンタリーの舞台はミャンマー、障害を持つカレン族の若い女性が近所に住む既婚者によってレイプされた事件とその後の物語に焦点を当てる。監督のセインリャントゥン氏は「ミャンマーにおいて法の支配が欠けている限り、国家の制度や価値観・正義感は改善されない」と語った。本作品は公開後、国内外の注目を集め、傑作とみなされている。なお、同監督はNHKワールドで『Border Boy』という作品の共同制作も行った(ミャンマー、2016年、28分)。

 2019年度の入選作品は、いずれも例年にない力作であり(制作国で上映禁止の2本を含む)、東南アジアの人々が日常生活で直面する問題意識を生々しく取り上げた。

 近年、VDPは本研究所の研究活動にも影響を及ぼしており、2018年受賞の『ザ・ファイター』の監督イスカンダル・トリ・グナワン氏は、2019年3月ガジャマダ大学で開催された若手研究者対象の国際誌採用をめざす英語論文作成ワークショップを取材し、実験的なドキュメンタリーの協同制作に携わっている。

 さらに作品を幅広い観客に向けて公開するために、VDP専用サイトで毎年、入選作品をアーカイブし、YouTubeVidssee(アジアの短編映画を紹介するオンライン・プラットフォーム)で鑑賞可能な状態にする努力を続けている。VDPはアジアとそれ以外の地域でも映画上映を続け、他大学との連携上映(ベルギーのアントワープ大学、タイのチェンマイ大学、フィリピン大学)、国際映画祭との連携上映(京都国際映画祭、フィラデルフィア・アジアン・アメリカン国際映画祭、カンボジア国際映画祭)を行っている。また、授業教材として、日本国内の諸大学で活用されている。今後、VDPの取り組みにより、日本と東南アジア双方の映画学校、その他のパートナーとの絆を深め続け、変貌してゆく東南アジアのリアリティ、可能性、多様性を国内外の多くの人々に発信していきたい。

 

VDP2019 受賞者全員の集合写真(稲盛大会議室)