環境共生研究部門・機関研究員
博士(地域研究、京都大学)
専門分野は医療人類学、人類生態学、南アジア地域研究
自然科学(薬学)からスタートして、実践としての医療に関するトピックについて、臨床や国際協力プロジェクトに携わるなどの実務を通して学びを重ね、その自然な流れで2012年にアジア・アフリカ地域研究研究科に入学しました。学際的な地域研究の場で人々や社会にとっての実存的な医療やその制度のあり方について腰を据えて研究したいと考えました。その調査対象地として、伝統医療だけではなくホメオパシーといった非近代医療までも公的医療に取り込んできた特異な医療多元性をもつ南インドを選定しました。そこで、博士研究では、あえて医療制度の外にある伝統的治療師の側から地域医療の全体像を把握することで、既存の医療という枠に捉われずに、社会に生きる人々にとっての医療のあり方について議論することを目指しました。伝統的治療師の元で生活するなどのフィールドワークを行い、伝統的治療師と公的伝統医療(アーユルヴェーダ、シッダ)の相補的な関係性、伝統的治療師が制度による画一化を逃れたためにもつ地域医療としての多機能性、医療の体裁を取らない医療の役割を果たしている文化資源の存在などを指摘することができました。
ただし、このようなフィールドワークによってわかったことより、知らないということに気づかされたことの方が多かったかもしれません。彼らの考え方に触れ、体感することによって、自分の正しさと向き合い、それが言葉や論理で構築された世界観を前提としていたことに気づかされました。それは何かが崩れたというよりも、開かれた体験でした。そして、自分は好奇心に動かされていたと思っていたけれど、自分の存在に対する居たたまれなさがエンジンになっていたことにも気づかされました。
研究の原点にあるのは、薬剤師として勤めた病院や政府開発援助(ODA)に携わった際に出会った「現場」です。ただ、これまで研究を通して、「現場」にある(と思われる)課題を解決しようという志向、つまり因果関係の「果」を捕まえようとするのではなく、その社会課題は本当に課題なのか、それが課題として生じている背景となる「因」と向き合うという志向に考え方が変わってきました。
CSEASでは世界各地からきた異分野の研究者と机を並べることができ、彼らとのささいな日常の会話によっても「現場」にいるように、思考を揺さぶられることがあります。これからも、日常のあいだにもあるアクチュアルな「現場」に出会い、想定を裏切られ、頭を捻って、学び続けたいです。そこに現代の「課題」と向き合うためのひとつの光があるように感じています。