ある梅雨の頃、救急外来で診療中に救急隊からのコールを受けました。交通事故にあった50代の男性を搬送したいというのです。病院に搬送されてきた患者さんは脈拍が一分間に140台と高く、呼びかけに眼は開けるものの反応に乏しく、発語があまりありませんでした。全身に大きな外傷はなく、体温は39.6℃で、尿失禁がありました。水様性下痢便があり、数日前に近医で急性胃腸炎の診断を受けていたということでしたが、聴診上雑音があったため胸部X線写真を撮ると右の下肺野に影があり、CT検査上、右の下葉に肺炎を疑う浸潤影を認めました。尿中抗原検査によりレジオネラ症の診断が確定し、治療により患者さんは回復しました。レジオネラ症は四類感染症で、診断後全例直ちに報告する義務がありますが、当時日本全国で年間二~三百例しか報告がなく、多くの医者が稀な疾患であると認識していました。ここで問いが生じました。レジオネラ症は見逃されているのではないか、この患者さんはなぜ交通事故を起こしたのか、そして、どこから感染したのか。
これらの問いを追求することで、レジオネラ症で亡くなる方を減らせるかもしれない。目の前の一人の患者さんが契機となって、これを引き起こす桿状の菌の世界に誘われていきました。探る過程でカーエアコンのエバポレーターという所からレジオネラ属菌が見つかり、身近なアスファルト路上水たまりの中に臨床上最も重要なLegionella pneumophila serogroup1を含むレジオネラ属菌が広く生息していることが分かりました。レジオネラ肺炎はマクロライド系やニューキノロン系の抗菌薬を早期に投与すれば完治可能な疾患です。日本では報告例が急増してきましたが、日本を含む多くの国や地域でまだ大部分が見逃されているのが現状です。これまで、西パプア、青海省(標高4千メートル付近の高地)、ブータンなどレジオネラ症がまだ報告されていない様々な場所の水たまりや生活利用水などからレジオネラ属菌を検出してきました。レジオネラ症は降雨との関係も知られており、気候温暖化という観点からも重要な疾患です。彼らが我々のすぐ身近な所に棲んでいるのだという認識が重要なのではないかと考えています。
研究の醍醐味の一つは、闇に隠れたものをわくわく、どきどきしながら光をあてていく点だと思っています。その種はあなたのすぐ目の前にあるのかもしれません。
- CSEAS たんけん動画「地域研究へようこそ」 目の前の一人からはじまる研究:身近な環境に棲むレジオネラ属菌(Youtube動画公開中)