cseas nl75 新任スタッフ紹介

千田沙也加

相関地域研究部門・日本学術振興会特別研究員PD
博士(教育学、名古屋大学)
専門は比較教育学、教育人類学

学部時代の私から、今の私はとても想像できません。私は、名古屋大学理学部で生物学を専攻していました。生物学の面白さから、それを教える理科教育に関心を持ちました。途上国支援にも関心を抱き、理数科教育支援につながりました。そして2007年から2009年の2年間、青年海外協力隊理数科教師として、カンボジアの中学校教員養成校で活動しました。当初の私は、カンボジアの教師や教育に問題点とその解決法の提示に捉われていました。確かに、カンボジアの理科教師たちには、知識の偏りや数学的思考力、また勤務態度など、多くの課題が散見されました。それらの課題は表面的な問題点の抽出と解決法では対応できず、より深く、カンボジアの文化、社会、歴史など理解するとともに、多様な経験をもつ一人ひとりの想いや価値観について深く理解する必要があると考えました。

博士課程では、多くの知識人を失い教育制度が停止されたポル・ポト政権期(1975-1979年)後の社会主義体制期(人民共和国期、1979-1989年)に着目し、教師のライフヒストリーから教育の実情を明らかにする研究をしました。人民共和国期には、学歴や資格を問われず緊急の対応で採用された教師たちが教育現場を担っていました。彼/彼女たちは、自らが受けた教育と、教師になって教える教育との間に大きな差異を経験しつつ、教育の変化に際し、実際的な方法でうまく対応してきたことが分かりました。

これまでの研究で、ポル・ポト政権期の経験の過酷さのみならず多様さを感じてきました。また近年、学校教育の現場でポル・ポト政権期に関する歴史教材が作成されるなど、国レベルで歴史教育の方向づけが進んでいます。そしてポル・ポト政権期を経験していない多くの教師が、教育現場を担うようになっています。こうした情況で、個々の教師が、ポル・ポト政権期の過去をいかに受け止め、そしていかに次世代へ継承しようとしているのかを検討してきたいと思っています。ひいては、紛争や戦争の絶えない世界で、人類は負の歴史をいかに記憶し、伝えることができるのか、という大きな問いにつなげたいと思います。

今はCOVID-19の影響から、現地調査の実施が難しく、考えを深める日々だからこそ、CSEASの皆さまの多彩な研究に触れ、多くを学びたいと思います。いつかは、カンボジアの教育現場に生きる教師たちの意思を聞き取り、皆さまに成果を報告できるよう精進する所存です。