cseas nl75 新任スタッフ紹介

土屋喜生

社会共生研究部門・助教
博士(歴史学、シンガポール国立大学)
専門は東南アジア地域研究、近現代史、ポストコロニアリズム、冷戦研究、境界研究

2021年10月に社会共生部門の助教として着任しました。2013年に東南アジア研究の修士号、2018年に歴史学の博士号(どちらもシンガポール国立大学)を取得し、その後はテルアビブ大学のナショナリズム・領土・帰属意識の研究プロジェクト、そしてシンガポール国立大学においてアジアの草の根の観点から「冷戦」を見直すプロジェクトに研究員として関わりました。これまでに社会史、文化人類学、国際関係論やポストコロニアル理論の手法を用いつつ、ティモール島やミンダナオ島に関する研究をしてきました。また、今年から米国アジア研究協会のインドネシア・東ティモール研究委員会の評議員をしています。

研究職を志すきっかけになったのは、東ティモール国連選挙支援チームでの仕事でした。砂埃を巻き上げて走る無数の国連カー、「抵抗は続いている」と主張する選挙ボイコッターたち、そして世界中から理想と給料と「南の島」を求めて集まった国際職員たちの筆舌に尽くしがたい人間模様。ティモール人職員たちは給料格差に不平を漏らし、あちこちで「UNベイビー」たちが産声を上げ、職のない青年たちは道端でブラックジョークを飛ばす。犯罪者たちは、彼らが理解しないポルトガル語の裁判で裁かれる。アフガニスタンに転勤していった同僚は直後に爆死、西アジアやアフリカで類似経験を持つ者たちは疑心暗鬼を持ち込んで「原住民」に怒鳴り散らす。

「国連平和構築ミッションの成功例」と呼ばれるティモールの社会には、様々な緊張感が残存しているように見えました。しかも私たち(国際公務員や海外の研究者)の存在もまた新たな緊張感を作り出している(植民地政府やGHQのように?)という感覚を持ち、「どうしてこうなった」と問わずにはいられませんでした。現在の問題の長期的な文脈を理解し、そして東南アジアの辺境地から世界史を考えるというスタンスを取ってきた背景には、このような20代前半の刺激的な経験がありました。

現在は、ティモール島の口伝伝承や様々な外部の勢力が残した史料、インドネシアやティモールの知識人たちの作品等を扱ったティモール島史に関する書籍の原稿を校正中です。そこでは、ティモール人の多様な政治思想や空間への帰属意識の歴史的形成過程、戦争・植民地主義・知識生産の相互関係が問題とされる予定です。

今後、既に収集を開始しているミンダナオやティモールでのオーラルヒストリー等を利用しつつ、「冷戦とは何だったのか」と問い直す研究を進める予定です。背景にあるのは、中国内戦、朝鮮戦争、第二次大戦後の東南アジアの様々な国内紛争(つまり熱戦)を「米ソ冷戦の延長」としてだけ見ることに関する違和感のようなものです。「冷戦」は終わったことになっていますが、フィリピンやインドネシア、東ティモールの人々は現在でも「共産主義の脅威」「反動性」「自由と平等」「アカ」等、冷戦の論理を使って社会問題や政治を語り続けています。これは米ソ冷戦とは平行して、その論理にローカルな有用性があったからではないでしょうか。「冷戦」は、「ひとつながりの世界戦争」だったのでしょうか、それとも多数のローカルな紛争だったのでしょうか。このようなことを考えていきたいです。

13年間東南アジア中心の生活が続いたこともあり、CSEASでは日本をベースに活躍している研究者や日本の読者たちとの会話や共同研究を楽しみにしています。今後ともよろしくお願いいたします。