本パネルは、東南アジア大陸部における宗教現象の諸相を「声と文字」というキーワードから明らかにすることを試みた。東南アジアに限らず、宗教現象への接近に際しては書物中心の教理学者と口承の実践を重視する人類学者との乖離が顕著に存在する。この傾向は、「声の文化」と「文字の文化」を二項対立的にとらえる考え方により、さらに補強されてきた。しかし実際には「声か文字か」という二者択一は往々にして意味をもたない。仏教やキリスト教など、書物の宗教と呼ばれるものも、その中には口承を重視する伝統が根強く存在する。その一方、民間において口頭で伝承されてきた実践もまた、しばしば書物の教理からの影響を強く受けている。本パネルでは、東南アジア大陸部の諸事例から、そうした声と文字とがフィールドの現場でいかに交錯しているかを明らかにすることで、従来の二分法的な観点の相対化を試みた。具体的には、村上忠良(大阪大学)と小島敬裕(津田塾大学)はタイ及びミャンマーの仏教徒における在家者による誦経の伝統に着目し、出家者によるパーリ三蔵の学習を中心に展開されてきた東南アジア仏教論の修正を提案した。今村真央(山形大学)はミャンマー山地民カチンにおけるキリスト教の役割を、聖書の翻訳から派生する民族語識字力の提供とその世俗的機能に求め、それを「ヴァナキュラーなキリスト教」として提示した。また片岡は、東南アジア山地民ラフにおける「失われた本」伝承からは、書物の希求と口承伝統の優位性の言明という二つの相反する帰結が導かれること、およびこの二つの傾向はキリスト教への改宗者のあいだにも認められ、しかもそれが在来派仏教徒と著しい連続性を示すことを明らかにした。
Panelists:
1. Literacy as Charisma “The Lost Book” and Prayer of the Lahu in Thailand and Burma
Tatsuki Kataoka (Kyoto University)
2. Lay Buddhist Recitation of the Shan in Northern Thailand
Tadayoshi Murakami (Osaka University)
3. Lay Experts in Reciting Buddhist Texts in Contemporary Myanmar
Takahiro Kojima (Tsuda College)
4. Vernacular Literacy, Protestantism, and Ethnicity: History of the Jinghpaw Orthography and Media
Masao Imamura (Yamagata University)
Discussant: Peter Jackson (Australia National University)