新領域2
グローバル問題に挑戦する実学としての地域研究の展開
グローバル問題に挑戦する実学としての地域研究の展開
安藤和雄
場における当事者的関係性が進める実践型地域研究
安藤和雄
フィールド医学の創出
松林公蔵
ブータンにおける高齢者保健システムの創出
―現地の人々による生活の場に根ざした持続可能な仕組みを目指して―
坂本龍太
グローバル問題に挑戦する実学としての地域研究の展開
安藤和雄
安藤和雄
松林公蔵
坂本龍太
グローバル問題に挑戦する実学としての地域研究の展開
近代化とグローバル経済の地球規模での展開により,地域が抱える問題は個別的であるとともに地域を超えて共通的であるという性格を顕著に見せ始めている。すなわち,現在の地域は,地球温暖化や津波などの自然災害や,貧困問題,高齢化社会,過疎や離農等々のグローバル問題というキー・ワードによってお互いを仲間あるいは「同質の地域」として捉えることが可能となってきている。グローバル問題によって,「地域は統合化」され一つの存在=地球を意識できるようになっているとも言えるだろう。しかし,この「同質な地域」が抱える「現象((擬人的には表象と呼べよう)」としてのグローバル問題は,一つとして,普遍的な対策により,国際的に解決されたことはない。すべからく問題解決の実践プログラムについては地域化が求められてきた。第二次世界大戦を契機に始まった地域研究(Area Studies)は,米国政府の世界戦略に資する普遍性を強く意識した政策科学であった。それが日本に移入された時,政策科学を脱皮するために普遍性から地域を見るのではなく,地域性から地域を見るという研究者の自己規定によって,「地域の個性」を明らかにする学術的地域理解の学となった。これを地域理解に関する基礎研究とすれば,現在,日本の地域研究に求められているのは,地域が抱える問題に対して実践的に挑戦する応用研究としての実学の発展である。
本節の4本のエッセイが扉を開こうとしている新しい地域研究の領域は,こうした実学としてグローバル問題に挑戦していく地域研究である。実践型地域研究はアクション・リサーチにより研究と実践を当事者意識によって統合し,地域問題を克服しようとする試みである。世界は歴史的に経験したことのない高齢化社会を迎えているというグローバル問題に挑戦しているのがフィールド医学である。ブータンにおける高齢者保健システムの創出は,フィールド医学の具体的な展開事例である。地域情報学はIT技術の進歩によって可能となったビッグデーターを活用し,フィールド・ワークによるデーターと衛星画像や他の二次資料をGISなどのツールを駆使して統合し,グローバル問題にも対応できる地域研究の一手法の開発を試みている。
4本のエッセイに共通しているのは「問題に直面している人々が暮らす場」をつなげていく地域のくくり方である。これまでの日本の地域研究は,研究対象地域と「研究者の私の地域」との乖離が存在していた。しかし,グローバル問題,言い方をかえれば,日本社会も直面している問題を正面に据えることでこの乖離は解消され,地域と地域がまさに当事者的につながりをもつことになる。
東南アジア研究所では,米国政府の世界戦略に資する目的をもった米国発地域研究における実学の枠組みを,50年を経て,地域の人々とともにあることを矜持とし地域が抱える問題に挑戦しようとする新しい実学の枠組みを地域研究に創生する研究活動が活発化しつつある。本節はその一事例である。
(文責:安藤和雄)
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50年前に設立された東南アジア研究所の前身の東南アジア研究センターは,地域研究の目的及び,研究対象地域との関わりについて非常にナイーブであった。それは設立経緯と当時の米国生まれの地域研究(AreaStudies)が米国政府の世界戦略に資するための政策科学であったことに関係している。米国版地域研究と差異化された,政策科学と一線を画し学術に特化した地域研究の確立が目的化されたと言えるだろう。フィールド・ワークと自然科学を取り込んだ現場型の地域研究が開始された。研究対象としての地域という場に拘り,場を対象とする地域研究の意義,方法論,哲学や理論が模索された。「講座東南アジア学」,「講座現代の地域研究」,生態学的手法,社会文化生態力学,臨地研究論,世界単位論と次々に地域研究の原論的成果が1980年代から90年代にかけて世に問われた。東南ア研は一つの時代を迎えた。東南アジア地域の個性を描くことから始まった地域研究は,地域が統合された世界認識から地域を理解する方法論と哲学と理論を生み出していった。場に拘り,場に足を踏み入れることで研究者の内部に起きる意識変化は,場(の人々)から発せられる問題が徐々に意識の中に入り込んでくることである。当初,場は研究の対象という客体であり,研究者は分析研究を行う主体である。しかしこの関係は時間の経過とともに,客体―主体という分析的関係から,それを超越して,場から発せられる問題群に向き合った主体―主体という当事者的関係に変質する。この当事者的関係が研究者に直観的に問題群の存在に目を向かせていくことになる。場に拘った地域研究は「地域の個性」とともに自ずと「地域の問題」に対する理解と対応という「実践への自覚」を研究者に芽生えさせていくことになる。東南ア研の目指した場に拘った,場に足を踏み入れた臨地研究が宿命的に背負わされたもう一つの側面から生まれてきたのが実践型地域研究である。
近年,地域研究においても社会貢献が問われ,実践的地域研究が求められている。しかし,実践「型」であることと実践「的」であることの違いは大きいと言わねばならないであろう。型は,ある対象そのものであり,そこから性質が決定されていくのである。一方,的とは,似た性質であって,そのものではない。例えば地理学の人は自分の研究を農学的地理学研究とはいうが農学型地理学研究とは言わない。農学型地理学研究とは,地理学研究ではなく,農学研究となってしまうからである。つまり,実践型地域研究とは,実践そのものが研究である地域研究の意である。実践的地域研究は,実践になんらかの関係をもっている地域研究である。前者は,実践と研究が一体化し実践の中に研究の主体と客体が存在しているが,後者は,実践と研究は一体化せず,むしろ,研究の主体は実践に関わることなく客観的分析の対象として実践を外から客体として分離していることが多い。実践とは目的をもったある種の行為であるといえよう。それは多くの場合,問題(客体)に対する目的(主体)の働きかけという主体的な行為が実践ということになる。実践は問題を克服し,何かをつくりだすための行為であると定義することも可能だろう。したがって,実践型地域研究は,分析を手法とし,説明自体そのものを目的化している研究とは大きく異なっている。つまり,オーソドックスな地域研究が「地域とは何か」を分析的に描き出すことが目的であるとするならば,実践型地域研究の目的はあくまで実践を通じて地域を理解し,地域が理解されることで実践が促進されるという関係が成立した地域研究である。
写真1 基盤研究Aの成果報告国際ワークショップの後に参加型農村調査における学習と実践(PLA)をインレー湖畔の村で実施したメンバーの記念写真(2014 年1 月) 1980年代中ごろから東南ア研は地域の問題群へのアプローチという,実践と研究を統合した,実践すなわち研究,研究すなわち実践という地域研究をアクション・リサーチとして実施してきた。それがJICA(国際協力事業団)の二つの研究協力事業,「バングラデシュの農業・農村開発研究」(1986–90年度)と後継の「バングラデシュ農村開発実験」(1992–95年度)であった。その後バングラデシュ農村開発公社が実施機関となり,JICAの参加型農村開発プロジェクト(PRDP)のパイロット事業が1期5年間で2期実施された。PRDPはバングラデシュ農業公社がパイロット事業終了後も継続し,JICAも個別派遣専門家,青年海外協力隊員派遣により支援を継続している。本研究の成果は海田能宏(編)2003『バングラデシュ農村開発実践研究―新しい協力関係を求めて』(コモンズ)として発表されている。2008–12年度には京都大学生存基盤科学研究ユニットの「生存基盤科学におけるサイト型機動研究」が実施され,東南ア研は滋賀サイト機動型研究の一つとして「在地と都市がつくる循環型社会再生のための実践型地域研究」を立ち上げた。実践型地域研究を推進するために2008年度に実践型地域研究推進室が地域情報ネットワーク部に設置され,滋賀県の守山,朽木,京都府の亀岡に設置されたフィールド・ステーションを運営して,海外での地域研究の経験と成果を国内の地域再生に貢献するために,行政やNPOなどの地域で当事者的に実践活動に従事している人々と連携したアクション・リサーチを展開した。また,文部科学省委託事業「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業」で「南アジア周辺地域の開発と環境保全のための当事者参加による社会的ソフトウェア研究」(2007–09年度)を実践型地域研究として実施した。バングラデシュとネパールで環境問題や農村開発に取り組んでいるNGOの当事者的な直観的把握を写真2 草の根の農村開発に関する国際会議を高知県大豊町で開催した時の参加メンバーとの記念写真(2013年11月)総合化するプロセスとして,社会的ソフトウェア作成にアクション・リサーチとして取組んだ。参加型農村調査における学習と実践(PLA),KJ法を改良し,参加型ワークショップを組み合わせ,実践者の直観を分析的に表現し相対化するツールとして社会的ソフトウェアを開発したのである。基盤研究A(海外学術調査)「ベンガル湾縁辺における自然災害との共生を目指した在地のネットワーク型共同研究」(2009–13年度),トヨタ財団アジア隣人ネットワークプログラム「農村文化・歴史を重視するアジア農村発展モデルの提唱―アジアの開発途上国と日本の実践的ネットワーク構築による農村文化再創造活動」(2008–09年度)と,京都大学地域研究統合情報センターの地域研究方法論プロジェクト「アジアと日本を結ぶ実践型地域研究」(2012–15年度)では,さらに国や地域の違う参加者たちの相互啓発を重視した実践型地域研究の手法的確立を目指している。上記の基盤研究Aでは,バングラデシュ農業大学,ミャンマーのSEAMEO-CHAT,イェジン農業大学,ブータン王立大学シェラブッチェ校やNGOのDUS,FREDAなどと2010–13年度の毎年,「社会的ソフトウェア」方式のワークショップを実施し,発表論文はJournalofAgroforestryandEnvironmentの2011年と2012年の発行号に特集号として掲載された。バングラデシュとミャンマーから英文による実践型地域研究シリーズ(PracticeorientedAreaStudiesSeries)が第6巻まで発行されている。第2巻(2011年)は,イェジン農業大学で行った国際ワークショップの論文集である。国内では2010年度から毎年「文化と歴史そして生態を重視したもう一つの草の根の農村開発に関する国際会議」を阿武町,京丹後市,大豊町などで開催し,発表集が報告書として刊行されている。
京都大学の文部科学省「地(知)の拠点整備事業」である「京都大学KYOTO未来創造拠点整備事業―社会変革期を担う人材育成」(2013–17年度)で,実践型地域研究推進室が中心となり,プログラム「アジアと日本の農山村問題を相互啓発実践型地域研究で学ぶ」を実施している。これは離村・高齢化による過疎化,離農問題を日本のみならずアジアのグローバル問題と位置づけ,京都府南丹市美山町知井地区と東ブータンを拠点として地域再生への社会貢献を視野にいれたアクション・リサーチと京都大学学部生教育である。萌芽研究「新しい在地の文化形成による現場型農村開発モデル」(2014–15年度)と,研究大学強化促進事業学際・国際・人際融合事業「知の越境」2014年度 融合チーム研究プログラム―SPIRITS―「ミャンマーのサイクロン・洪水災害の減災―バングラデシュでの成功事例を応用するための取り組み」では農村開発や自然災害の問題をグローバル問題として積極的に実践型地域研究の課題に位置付けている。グローバルな問題こそローカル(在地)から取り組むという,当事者性を参加者に付与するアクション・リサーチによる実践的な克服の糸口を発見していく地域研究手法の開発に挑戦している。
Page topCenter for Southeast Asian Studies, Kyoto University