要 旨:
今日のカンボジアに関心を寄せる者は、必然的に、社会・文化の“再編”という課題を想定する。それはすなわち、内戦とポル・ポト政権の支配という同国の1970年代の歴史的状況が、現在の社会・文化の中にどのようなかたちで影響をみせているのか、という関心に連なった問いである。発表者は、2000〜2002年にトンレサープ湖東岸地域の一農村で定着調査を行った。その中では、まず今日の地域社会の状況を把握することを第一の目標とした。しかし同時に、外部者が“再編”と想定するところの歴史的過程が、この地域に生活する人々の視線からはどのようなかたちで見えるのかという問題も、大きな調査の主題であった。
本発表は、ポル・ポト時代以後のカンボジア農村社会の“再編”の実態を、発表者が調査を通して得たデータと観察に基づいて問い直す。作業としてはまず、定着調査村を事例として、その集落の地理的・社会的編成の歴史的な変化を検証する。これは、“再編”と言われてきた過程を、一村落社会に居住する人々の具体的な経験として捉え直す試みである。また次に、地域の人々が暮らしを立てるために行う生業活動の特徴とその変遷を検討する。そこでは、様々な方途で生活を切り開こうとする人々の営みが明らかになる。また、それらの活動を通して地域の人々が取り結ぶ社会的結合の理解には、トンレサープ湖の湖水地帯と後背の森林地帯、マーケットタウンと周辺村落という関係の構図が、内戦以前の地域の文脈においても、現在の地域社会においても、変わらずに重要である点を指摘する。
カンボジア社会に生きる人々を、「カンボジア史の悲劇」の被害者とみたり、開発援助の対象としてアプリオリな弱者とみなす視点は、内戦とポル・ポト政権の支配がまるで全てを消し去り、その社会の“再編”がゼロから始まったような印象を与える。しかし、本発表において発表者は、それが、内戦以前の地域の社会的文脈と様々なかたちでつながりをもつものである点を主張したい。