本稿の刊行の目的は、植民地政策の一環として導入された近代学校教育が民族意識の覚醒という「意図せざる結果」をもたらした原因を分析する視角として、植民地的知の伝達と流用という視点を提示することである。そのために、具体的には、英領マラヤにおけるマレー語学校教育と汎マレー・アイデンティティの形成との関係に焦点を当てる。
本稿の意義は以下の3 点にあるといえる。第1 に、上述のように、植民地社会における地域認識や民族意識の生成を、植民地的知の受容と主体的な再編成を通じた「植民地的知の土着化」という視点から探求している点において、思想史研究としての意義があると考えられる。第2
に、本研究は、東南アジア海域世界を包含しうる「マレー世界」という地域認識の成立の過程とメカニズムを、植民地支配者と被支配者との間の知的な相互作用に注目しながら動態的に明らかにしようと試みている点において、東南アジア地域研究としての意義も持つといえよう。第3
はマレーシア研究および東南アジア研究としての意義である。現代マレーシアは、マレー人や他のブミプトラ(先住諸民族)の特別な地位を前提とした多民族の協調を国民統合の原理としている。本研究は、こうしたマレー人やブミプトラという民族概念の成り立ちを理解する一助となるだろう。
こうした特質をもつ本研究を英語で刊行することによって、日本国内にとどまらず海外 ―とりわけ東南アジア― の思想史研究、東南アジア地域研究ならびにマレーシア研究の発展に寄与するものと考える。