京都大学東南アジア研究所ナビゲーションをスキップしてコンテンツへ 日本語 | English
サイトマップ | ローカルページ
Center forSoutheast Asian Studies Kyoto University

アーカイブ

科研費プロジェクト

「東南アジアの「老い」の総合的研究−セーフティー・ネット制度再構築に向けて」
研究代表者:松林 公蔵 (17年度:濱下 武志)

研究目的
高齢化社会が問題となるのは日本、欧米の先進諸国に限らない。感染症対策を医療保健分野における政府の最大関心事項としてきたアジア諸国でも2025年までにほぼその全域が高齢化社会となる。従って、アジアにおける<人の「老い」のありかた>を総合的に研究し理解することは喫緊の課題である。本研究は中国(華南)、タイ、ミャンマー、インドネシアの四カ国を取り上げ、高齢者が具体的にどのような政治、経済、社会、文化、医療の文脈のなかで「老い」を生きているのかについて、フィールド調査にもとづいて体系的に収集、比較、分析することを目的とする。なお付言すれば、「老い」の問題は、日本で就労するフィリピン人ほかの看護士・介護労働者、タイ、フィリピンなどにある日本人の老人村、ケアー付き老人マンションなどの存在にも見る通り、すでに国境を超えた地域的な問題となっている。本研究においては、したがって、「老い」を巡るこうした新しい地域的問題についても研究を行う。
本研究は、平成14-16年度実施の科研プロジェクト「東南アジアにおけるセーフティ・ネットの比較研究−「老い」の問題を中心として」(以下、「老い」科研)を発展、深化させたものである。「老い」科研の成果は、世界的にもはじめて、ベトナム、タイ、マレーシア、ベトナムについて、「人口1000人当たり、寝たきり老人が何人いるか」といったごく基礎的なデータをふくめ、「老い」とそのセーフティ・ネットについて、比較可能なクロス・ナショナル・データが収集されたことにある。
本研究では、この「老い」科研の成果を踏まえ、タイ、インドネシアに加え、ミャンマーと中国(雲南、広東、福建省)においてもフィールド調査を実施したい。本研究の調査の要点は以下の通りである。
  • (1)調査対象国の村落において、「老い」科研同様、高齢者の包括的能力を評価する調査を実施する。
  • (2)「老い」科研では東南アジア四カ国(既述)における中央政府、自治体の高齢者政策の研究を実施したが、本研究では、これを踏まえ、そうした政策が実のところ、どのように実施されているか、その実態を調査、制度設計と運用の齟齬を明らかにする。また「家庭」「地域社会」レベルにおけるインフォーマルなセーフティー・ネットと国家の施策との補完・相反関係を明らかにする。
  • (3)「老い」科研の暫定的結論は、高齢者の包括的能力が自然・文化に影響されるということにあった。これを踏まえ、本研究においては、その点をさらに具体的に究明するため、生態学者、人類学者も含めた学際的フィールド調査を実施し、生態環境と高齢者の包括的能力との相関関係、高齢者の社会文化的役割・位置づけと包括的能力の相関関係を明らかにする。
  • (4)「老い」を巡るアジアのネットワーク形成と日本の役割について調査する。
業績概要
 アジアでも、少子高齢化はかつての欧米諸国以上のスピードで進行している。2000年頃を境にアジアの全域で人口の高齢化が始まり、2050年には、日本についで、シンガポール、韓国、タイ、中国が高齢社会となり、その他のアジア諸国も高齢化社会をむかえることが予測されている。アジア各国も、きたるべき高齢社会にむけての医学的対応に迫られている。しかし、アジアでは欧米諸国がすでに克服し去った感染症がいまだに重大な課題として残されている。さらに、保健福祉にふりむけられる財政は豊かではない。アジアの人々はその地でうまれ、既存の医療システムのなかで疾病とむきあい、やがて老い、ある種の死生観をもって死んでゆく。本年度は、共通の高齢者総合機能評価を用いてタイ、ラオス、中国雲南省において、地域在住高齢者のべ1000名の健康実態を把握し、あわせて地域固有の高齢者ケアーシステムのありかたを調査した。その結果、ラオス、タイ高齢者では、他の周辺東南アジア諸地域に比して、糖尿病の有病率が有意に高く、これは近年の経済発展と一定の関連があることが示唆された。また、経済的要因は、アジア各国と本邦においても、高齢者の日常生活自立と有意の関連を示し、経済要因が高齢者の健康と密接な関連があることが明らかとなった。アジアの今後の医療の動向が、欧米諸国がかつてたどった同じ道をめざすという保証はいまのところない。高齢者の保健とケアーに関するセイフティーネットには、地域性がきわめて重要でありさらなる観察を要する。その意味で人の、生・老・病・死は、その地域固有の生態系とその民族の歴史と価値観が規定する相対的な概念でもある。